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1937年5月、パリ。


戦前最後の万博が開催されました。


ナチが伸長し、スペイン内戦が激化、国内では人民戦線内閣が不安定という混乱の中での開催。


そんな中、音楽部門では、仏政府は、メシアン、 オネゲル、 ミヨー、 イベール、 フローラン・シュミットらの自国の作曲家を動員、第3共和政最後の輝きを放ちました。


対するドイツはフルトヴェングラーをパリに投入。

シャンゼリゼ劇場において9月7日には、ベルリン・フィルと第九を演奏。

さらに9月8日と11日には、ベルリン国立歌劇場管弦楽団と「ワルキューレ」を演奏。
歌手陣もライダー、 フェルカー、 ミュラー、 クローゼ、 ボッケルマン、 マノヴァルダという当時のドイツの一線級を投入。


そして翌年にはナチに併合され消滅する第1共和政オーストリアもウィーン・フィルを派遣。

その時の演奏がこれCD
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・モーツァルト レクイエム
・ブルックナー テ・デウム

エリーザベト・シューマン(S)
ケルスティン・トルボルク(A)
アントン・デルモータ(T)
アレクサンダー・キプニス(Bs)

ブルーノ・ワルター(指揮)
ウィーン・フィル
ウィーン国立歌劇場合唱団

1937年6月29日、シャンゼリゼ劇場でのライブ。


ドイツから派遣された音楽家とは対照的に、ワルター、 シューマン、 キプニスらナチから逃れた面々が顔を揃えているのが、この時代を象徴しているように思います。