2月12日は、司馬遼太郎太郎さんの命日である「菜の花忌」。これに先だって1日に東京・文京シビックホールで行われた「第18回菜の花忌シンポジウム」と「第17回司馬遼太郎賞贈賞式」に参加した。
今回の司馬遼太郎賞の受賞は、作家、沢木耕太郎さんのノンフィクション「キャパの十字架」。沢木さんが受賞スピーチ冒頭で「私に司馬遼太郎賞とは」と謙遜気味に言っていたが、司馬作品と縁深い、さまざまなエピソードを披露していた。
司馬史観にYES…一時NO…再び邂逅
沢木さんと司馬作品との最初の出会いは初期長編小説である「梟(ふくろう)の城」だったという。
小学生だった沢木さんは近所の貸本屋によく通った。店内の書棚は右側が子供向けの本、左側が大人向けというように大別されて書棚に並んでいた。
当初は右側の書棚専門だった沢木さんは時代劇の原作になった本を探すうちに、左側の書棚に向かうようになり、別の本を探すうちに、「梟の城」に出会った。「おもしろいものを書く人がいるな」と感嘆し、すっかり魅了されたのだという。
しかし、その後、沢木さんは司馬作品に「変化」を感じ、「つまらなくなって」、あまり読まなくなったという話にも触れた。沢木さんの説明を「奇想天外なフィクション性が作品に見られなくなったこと」と小欄は解した。だが、その後も沢木さんは司馬さんの足跡と因縁めいた関わりを持っていくのだが…。
実は小欄は、沢木さんと30年ほど前の学生時代に一度お会いし、ごあいさつさせていただいたことがある。新聞社を目指して、報道の世界のある先達に薫陶を受けていた頃だ。
その先達が沢木さんと親交が深く、一度宴席で紹介してもらったのだ。その頃の沢木さんといえば、新進気鋭のノンフィクションライターの代表格で、その俳優風の顔立ちやスタイル、服装などが醸し出す趣味の良い雰囲気も含めて、作品を貪(むさぼ)り読んでいた記者志望の小欄にとっては、後光がさして見えた存在だった。
洒脱で優しい…でも鋭い眼光、現地を旅し「事実」重ねる『深夜特急』ぶり
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