あなたの周りには、「この人謙虚な人だなぁ」と思い浮かぶ人はいますか?
最近の世の中では、そう言う人がなかなか居ないのではないかと思わされます。。
自分ももちろん謙虚さを忘れずに生活をしているつもりですが、まだまだなのかもしれません、
ただ、世間では、謙虚さがあまりにも欠けているのではないかと心配になります。
いかに人を論破し、言いくるめ、負けを認めさせるか、相手が何も言えなくなるまでコテンパンにするか
どちらが上で、威張れるか、、
などなど、正直どうでもいいことが重要視され過ぎているのではないでしょうか、
人は失敗や苦労、挫折、はたまた自殺まで考えるほど地の底に落ちた経験がないと、ここまで傲慢に威張れてしまうのか、とも思います
本当の苦しみや痛みを知っている人は、人をコテンパンにするようなことはしません。
人を傷つけることなく、煽てることもなく、ただそこに在り続けるだけです。
否定もせず、「そうなのね」と相手を認める。
相手の存在をそのまま受け留めるだけです。
そんな一見簡単に見えることが出来ない大人があまりにも多すぎるような気がします、、
そんな大人を子供はどういった気持ちで見ているのでしょうか、
自分もそうしないと負けてしまう、と術を身につけようとするかもしれません、
中にはしょうもないことを、、と本質を見抜く子がいるかもしれません。
相手を論破したり、言い負かすことは自分だけ気持ちが良くなって終わりです。
自らの欲のために、今目の前にいる人をコテンパンにしても良いのでしょうか、
それではあまりにも自分勝手すぎです。
謙虚さとは、相手を思いやり、温かい気持ちで包み込む、優しい目で見守る、全ての愛の要素を含んでいるのだと思います。
今の世の中は、欲まみれです、
人より上に立ちたい、楽に手っ取り早くいい思いをしたい、私はもっと愛されるべき人間なのに、私をもっと見て!
と、汚れた目を持つ大人がうじゃうじゃ居ます。
きっとそうせざるを得なくした政治や社会にも問題があると思いますが、
それでも悪に魂を売ってはダメです。
辛くても耐えてください。
これだけは!という信念だけは曲げないでください。
それを曲げてしまったら、人を言いまかし、傲慢を振りかざして気持ちよさに溺れ、その甘い蜜の味を知ってしまったら、もう元には戻れないかもしれません。
人間は、生きているだけで知らぬ間に誰かを気づつけてしまっているものです。
だからこそ謙虚であり続けるのです。
どうかそんな大人が1人でも増えますように。