子育て・4<母子家庭とは> | バツ3mamaの自由きままなお気楽life

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波乱だった過去と楽しいことを考えるのが楽しくなった現在。


昼間の仕事を始めるので



息子を保育園に預けることになった




児童扶養手当も申請した


年間に3回
4月と8月と12月に18万位(当時平成3年)ずつ支給された






あたしはパチンコ店に勤務した





友達に譲ってもらった原付きバイクで

息子を足元に立たせ

毎日、保育園に息子を預け
原付きは駅に置き電車で仕事に行く



と言う生活をしばらく続けた







母たちがあたしの住むアパートに越してきた






ラッキー!!



(これでたまには息子を母に預けて遊びに行ける!!)





母は再婚相手との間に

あたしの息子より一つ歳上の娘(あたしの妹)を産んでいたので







あたしの息子の面倒まで大変だと怒ってた(;_;)







でも、あたしは彼氏に会うのに息子を連れて行くことはできなかった










だって彼氏とご飯食べて飲みに行って




そんな場所に連れて行ける訳ないし









しばらくして先輩の叔母さんが女の子足りないからバイトしに来ない?











またお水を始める







母が息子を見てくれる日だけ出勤







だけどそんな日々が続くと体も疲れて





パチンコ店は通いきれなくなり辞めてしまった








またお水一本の生活が始まったのだ









自分で働き子供を育てるのは



あたし1人では出来なかったコト




周りの協力や行政の支援があってこそ



母子家庭は成り立ってる








ある日、保育園の先生が

「こんなことしちゃいけないんだけど、私の息子のお古で申し訳んだけど…」


あたしの息子にたくさんの洋服をいただきたコトがある





まだ十代だったあたしが1人で子供を育ててるコトに同情してくれたんでしょう…




あたしはありがたく

お古の洋服を頂いた







あたしは他人にこんなに温かくされたコトがなかった気がする








息子には温かい人間になって欲しいと思った








七夕の日、保育園でお母さんの思いを書いて持って来てくださいね!

短冊を渡され


そこに

<息子が人の痛みの解る思いやりの持った子になりますように>


と書いた





保育園の先生になぜか誉められた






当たり前のコトと素直な気持ちを書いたのに(笑)





多分、保育園の先生もあたしのこと
まだ子供と思ってたんだろうね







長男は(8年後次男が産まれる)短冊に書いたように



そして名前の由来通り明るく元気で人を大事にできる子に育ったと思ってる








再婚するまでの6年間は



こうしてみんなに支えてもらいながら



母子家庭をしていました