俗にいう
視える人たちは

大まかに
分けると





見たくない
けど

初めから
見えていた人


見たいと
思った訳じゃないけど

途中から
見えるようになった人


見たくて
学んだ人と

いるようだ






それに
よって

活動の仕方も
違うなぁ

と思う
今日この頃






勘の
鋭い方は

たくさん
いらっしゃいます






見える方も
感じる方も

勘の
鋭い方には

多い
ようですね






そして

早い時期から
見えてた方々は

それを

余り
良いことだとは
思ってなく

ひた隠しに
されてきた方が
多い






時代や
年齢的なものも

関係する
ようですが






今は

どちらかと
言うと

スピリチュアルが
オープンな時代






昔の

苦い思い出しか
持たない方々は

見えることを
口にされず

いまだに
頑なに

閉ざされて
たりする






そういう方に
会った時

昔の自分を
思い出す





伝え方を
間違わなければ
伝わります





当たり前な
ことだけど

そこに

自分のエゴを
入れては
いけない





真摯に
向き合い

丁寧に
お伝えできれば

伝わるし

気付いて
頂けます





この力を
どうしたらいいのか

分からずに

見えるのに

見えないことに
して

やり過ごして
いる方々と

最近よく

お話しする
機会に
恵まれます





そんな時
自分の経験が

少しは
役にたってるのかな

だったら
いいなぁ

思いながら

お伝え
してます






スピリチュアルは
怖くない

昔は
誰もが持っていた

五感を
フルに使って

生活して
いたもの





情報過多の
時代になり

そういう力を
使わなくても

分かった気に
なれる





便利な
世の中に
なったから

鈍ってる
だけなのかも
しれません