前の記事、注意深く読んでもらえばわかると思いますが、

「既婚の異性と関係を持つこと」や「既婚者が他の配偶者と関係を持つこと」に対して

肯定的か、否定的か、という自分の意見を述べていないのです。


実際、他人に対しては「したいようにしろ」としか言いようが無い。

ただし、それを実行すると、今の世間の風潮では、その本人に不利なことがあるかもしれない。

その不利が大きい、得することは少ない、と思えばしないだろうし、

不利は小さい、得は多い、と思えばするだろう。


他人に対するのと同様、自分もそうする。


ここで、自分に対して有利、不利というものを考える。

「幸せだ」とは何か? の「幸せ」と同じだ。

その「幸せ」の中身そのものは結局各々違うのだ。

自分が自分の状態をどう評価するか、「状態」と呼ぶものの中に何を含むか(家族、世間、金銭、自分など)

ということの結果である。


われ思う、という結果は他人が否定することは出来ないが、

思うための材料は他人が与えることが出来る。

(「嫁さんや子どもが悲しむぞ」とか、「慰謝料がっぽり取られるぞ」とか…。肯定的な意見も同様)


…脱線してきた。ある意味本筋なのだが。

その考える材料として

「いけない事」を意味する「不倫」という言葉が当てはめられているって言うのは、

ずいぶん先入観を与えられているなぁ、と思うわけです。