2013.12/03


●蔵出し……
 
3年も更新をサボってたんだが、書きかけばかりが中途半端に、やん~~~~まのように溜まっているのですねー。というわけで、これから少しずつ蔵出し→手直しして、<賞味期限切れの残骸の山>を(みっともなく)晒そうと思うのですよwww(自虐)。
 
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さて前回は、特定秘密保護法案について、リベラルの側から意見を並べた。
でもそれだけで、[コウサイアキラってやつは『情報はなんでもオープンにすればいい』と思っているサヨクだ!]とか思われるのも、困るんである。たとえば、あのジュリアン・アサンジとウィキリークスについては、<単に[国益が損なわれて困る]以上の、根本的な政治観>のところで、問題を感じているし‥‥。
実際これは、<リベラル以上の左翼>に根本的について回る問題だと思う。
 
‥‥と言うわけで、今回はジュリアン・アサンジについて、感想を少々。
 
 
●革命家アサンジ
 
「この世の中には左翼対右翼、信仰対理論といった対決などよりももっと重要な対決がある。それは個人対組織の死に物狂いの闘いだ」
 
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20101221/217661/?P=1
 
<ウィキリークス(WikiLeaks)のジュリアン・アサンジ(Julian Assange)氏の母親>は、[権力を嫌って息子に公教育を受けさせず、直接子どもに教える]ような、そんな人だったらしい。その息子は子どもの頃から本はよく読んだようだが、[<暴力を振るう養父>から逃げて37回も住居を変えた]と言うから、<継続して深く関わった大人のバリエーション>は他の人より少なかったかも知れない。
 
「ウィキリークスの究極の標的は、一般大衆を抑圧し、言論の自由や人権を抑圧しているアフリカやアジアの国々――中国やロシア、さらにはミャンマーなど――の独裁政権の極秘文書を暴き、全世界の人たちに知らせることです。無論、その前に、不法かつモラルに反する政策を一般大衆に押し付けている支配権力に立ち向かおうとしている西側諸国の人たちを支援するのが先決です。彼らのために極秘文書をリークする。今はそれが大事なことだと思っています」
 
<その生い立ちの(失礼ながら)面白さ>だけを見ても、ある意味なかなかの人物ではあるかも知れない。<時代の転換点のキーパーソン>として、歴史に名を残すだろう。
 
────しかし、[情報暴露が<誰かの生命の危険>につながる]ことは意に介さず、それで批判も受けている。下は2011年の記事。
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【9月4日 AFP】内部告発サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)」が2日、25万点を超える米外交公電を未編集で全面公開したことを受け、これまでウィキリークスに協力してきたメディアが、ウィキリークスを厳しく非難した。
 
 ウィキリークスは、マイクロブログ「ツイッター(Twitter)」上のメッセージで、米外交公電25万1287点の全てをインターネットに投稿し、パスワードなしで全公電を読めるアドレスを提供。
 
 これに対し、前年の最初の外交公電の公開時にウィキリークスに協力したメディア5社、英紙ガーディアン(Guardian)、米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)、独ニュース週刊誌シュピーゲル(Der Spiegel)、スペイン紙パイス(El Pais)、仏紙ルモンド(Le Monde)は共同声明を発表し、ウィキリークスが、公電から情報提供者名を削除せずに全面公開したことを批判した。
 
 5社は、2日にガーディアン紙に掲載された共同声明で、「未編集の米外交公電を公開したウィキリークスの判断を非難する。情報提供者を危険にさらす可能性がある」と述べ、「われわれとウィキリークスとの間のこれまでの取引は、徹底的な編集・点検プロセスを経た公電に限り公開するという明確な原則に基づいていた」と説明。5社は、全文公開は、ウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジ(Julian Assange)容疑者が単独で判断したことだと述べた。
 
 ウィキリークスは前年11月以降、米外交公電を少しずつ公開してきた。ウィキリークスは報道機関と協力し、報道機関は情報をくまなく確認して、危険にさらされる可能性のある人物名などを削除していた。(c)AFP/Sam Reeves
 
http://www.afpbb.com/articles/-/2824397
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‥‥‥‥こういうのは、<典型的な革命家、未来を夢見る人>の心情だ。[未来はそれほど素晴らしいのだから、今の犠牲のことなどとてもかまっていられない]といった。だが、<彼が夢見ているであろう未来>とは、どの程度素晴らしいのだろう。
 
 
●大きな意味あるのは分るが‥‥
 
役に立っているのは間違いない。少なくとも、新聞記事の内容として“面白い”のは確かだ。中国の高官が韓国の次官に[朝鮮半島は韓国のコントロールで統一されるべきだ]と言ったとか、[サウジアラビアの国王がアメリカにイランを攻撃するよう求めた]とか、[スウェーデンがNATOの極秘加盟国だ]とか、そんな話がボロボロ出てくる(大して意外なカンジもしないけど‥‥)。
 
もちろん、例のアフガン戦争の実態も。
 
‥‥‥‥そんなわけで、最初の頃は、<海外の民主主義国>ではメディアはほとんどが<ウィキリークスの味方>だったようだ。
 
 
●日本のメディアよりは立派かも
 
逆に気になったのは、<日本のメディアの気概のなさ>……。下は上杉隆さんの2010年の記事。[日本のメディアだけが孤立してウィキリークスを叩いている]と言ってた。
 
http://diamond.jp/articles/-/10485
 
‥‥‥‥矛盾するようだが、こういう“日本らしさ”には、筆者もイライラするのは事実だ。和の精神なのか、親方日の丸なのか、[とにかく波風立たないようにする][出る杭は打つ]のが習性なのか。
 
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上杉さんと言えば、<日本に独特の“記者クラブ”制度>をよく批判してきた。これは平たく言えば、<[省庁などの会見に、大手メディアだけが出席できる]ための、既得権益の協定>であり、つまり事実上の<情報の供給独占のためのカルテル>だ。<構成する大手以外のジャーナリスト>は、同じジャーナリズムによって締め出されてしまう。
<取材の取り漏らしの手堅い回避>はあるが、代わりに、
/(各社横並びによる)追求力の衰退、
/<監視対象である権力>との慣れ合い、
/お上の情報の垂れ流し、

そういった弊害につながっていると言われる。OECDやEUや<国境なき記者団>から問題視されており、完全にグローバル・スタンダードから外れている。
民主党の公約は、[政権をとったら、会見は記者クラブ以外にも開放する]というものだったのだが、完全にはできなかったようだ。それともある程度できただけでも立派なのか……。
 
ジャーナリストの上杉隆氏は、この問題をよく追及してきた。<(骨抜きにされる前の)CSチャンネル、朝日ニュースター>で<宮崎哲弥のトーキングヘッズ>にゲスト出演していたのを、最後の方だけ見たけれど、そこでの話を少しつまんでみる。
 
[(要旨)アサンジのファイルが、事前に15万人にダウンロードされている。中身は見ても分らないが、彼は『(要旨)自分の身に何かあった時はパスワードを発行して、中をきちんと見れるようにする』そう言っていた。彼の逮捕で緊張が走った。バンカメやBPの資料も含まれているからだ。特に前者は、『金融にエラいことを引き起こす』と思われた。結局キーワードの発行はなかったが、日本ではそんなことには構わず、相変わらずメディアは市川海老蔵の会見を流していた](要するに横並びでボケちゃってるって話)
 
[(要旨)日本のメディアは無謬主義に陥っている。『間違いをしでかしたら謝罪する』のは世界のメディアではあるけれど、日本ではない。謝罪の代わりに事実を見えないようにする]
 
[(要旨)湾岸戦争のとき、日本は130億ドルも出したのに、クウェートの感謝リストに載らなかった。あの後日本では『やはり金だけでなく人的貢献もせねばダメだ』という論調になった。だがそもそも、当時の外務省の“霞クラブ”が外国人にオープンではなく、日本人相手に日本語で発表しただけたった。外国に知られるわけがない。ODAも国連分担金も皆そう。記者クラブは日本を滅ぼしている]
 
[(要旨)コペンハーゲンのIOC総会で。2016年のオリンピック決定のため、鳩山首相や石原都知事が出席したが、鳩山首相の会見だけは、内閣記者会(総理大臣官邸の記者クラブ)が自分たちのホテルの記者会見場に連れて行っておこなった。鳩山さんも事前に知らず、官僚と記者クラブが『総理こっちですこちです』と連れて行ってしまう]
 
‥‥‥‥当然大手メディアは<自らの問題点>など報道しないから、これらは<ネットを使わないような人々>にはあまり知られない。
上杉さんは、[複数メディアの横並びで論調が一つにまとまる]危険、[国民が洗脳されている]ことを強調する。
 
 
●日本は情報公開が必要
 
そしてくどい様だが、<日本の行政>に関しても、明らかにもっと<透明化と情報公開>は進むべきだ。疑いもなく言える。<行政の無駄遣いの削減>が、そこにかかっているんだから([もう無駄はない]なんていう意見は、とても信じられない!)。
前にも書いたけど、日本の官僚は(他の先進民主主義国のようには)“公文書”を残さずとも良く、公開義務が薄い。だから官僚には<自身の正しさの根拠づけ>への圧力がかからない。政府与党でさえ(!)チェックができず、色々なことが惰性で続く。
 
シンクタンクや学者は、本来<官僚のライバル>として、<政策の対案>を示せなくてはならない。だがこれらの情報ハンデがある以上、彼らは<漠然とした全体ヴィジョン>は示せても、<政治家が即使えるほど具体的に詰めた対案>はできない。従って常に官僚が「現実はそんなにうまくいきませんよ、今のやり方を変えたら大変」と言える立場に立てる。
結果、<官僚の好き勝手>が続く‥‥。
 
(またまた繰り返し書きますけど、公文書の管理に携わる職員の数は、2008年の報告で、アメリカ:2500人、ドイツ:800人、カナダ:660人、イギリス:600人、フランス:440人‥‥日本:42人。ケタが極端に違うでしょ?あとアメリカは政権交代すると、官僚も課長以上3000人がごっそり入れ替わるそうです。人材はシンクタンクその他から来ます)
  ↓ ↓ ↓
http://ameblo.jp/heav/entry-10580036699.html
 
http://ameblo.jp/heav/entry-11675460808.html
 
‥‥‥‥ちなみに鳩山民主党政権は、マニフェストにこだわることで、逆に官僚依存を強めていたのではないか??本来は<これらの官僚システムの問題>を改めないと、<無駄の削減によるマニフェスト財源捻出>なんてできっこないのに、[今すぐマニフェスト実現を!]という焦り(いや小沢一郎的政治算術?)から逆に“敵”である官僚に頼ってしまって、余計その<官僚システム改革>ができないようにしていたのでは?本当は国民に釈明して、数年でも待ってもらえば良かったのでは‥‥。
まるで<運動神経の悪いスポーツ選手>が、<基礎を鍛える必要>に気づかぬまま無理に試合に出続け、<予告通りの点>をマグレで上げようともがいているような‥‥あるいは農民が、<種として撒くべき穀物>まで、今すぐ家族に腹いっぱい食わせるために、一部食卓に上げているみたいな。
 
 
●例えば善意の仲介者が和平交渉をするとき‥‥民衆同士の対立も
 
しかし、<そのレベルにある日本の行政やメディアの問題>と、ウィキリークスとを同列に論じるわけにはいかない。
アサンジについて言いたいのはこうだ。
 
[<(これまでリベラルが内心分かっていても口に出さずに済んで来た)左翼の大前提につきまとう根本的な難点>について、わざわざこうして突っ込んでくれたもんだから、とうとうそれが皆の前に晒されちゃった、あるいは晒されようとしている……]
 
ウィキリークスの問題は、単に<(一国の安全保障や、情報提供者・協力者の安全という)実務レベルの話>だけとは思えない。彼が考えているであろう<世界のゴール><素晴らしい新世界>に関わる“政治哲学”から考えるべきことだ。
 
ジュリアン・アサンジは<一つの大きな前提>に立っているように思う。彼にとって政治上の争いとは、全て<権力同士の争い>であって、[権力のくびきから人々が解放されれば、一般の民衆同士、国民同士は、決して争いなど起こさない]‥‥心のどこかでそう考えているのではなかろうか。
だとしたら、それは甘い考えだ。
人々がお互いに偏見を持っていることもある。また<偏見がない合理的な主体>であっても、<合理的な利害対立>が存在することもある。極端に言えば、<お互い謝りながら殺し合うことができるか>ってことだが。
 
もう少し具体的な話をする。例えば、
/核兵器開発を強行する孤立国家、
/国民を弾圧する独裁国家、
/A民族を民族浄化するB民族、
/隣国に侵攻し国際社会から撤退を要求され<戦争のタイムリミット>に直面する軍事国家、
/<国内の多数派人種>に隔離政策を実行する少数人種‥‥。
それらの“国際的悪者”に対し、誰かが交渉役として接触し、翻意を促し妥協点を探るとする。
それら善意の第三者は、国連だったり北欧諸国だったり<ノーベル平和賞を受けた元大統領>だったりと、いろいろ考えられるわけだが、その場合、[聞いた話がダダ漏れになる]状況で、話ができるのだろうか。
 
────こう反論があるかも知れない。
[その手の悪行は、<その国や勢力の一部の権力者>がやることだ。彼らは<民衆から突き上げられる対象>で、<話を聞いてやる相手>じゃない。民衆を<権力のマインドコントロール>から解放さえしてやれば、彼らは<権力への支持>を止め、逆に糾弾し、<それら国家の悪行>も終わるのだ]と。
 
だが繰り返すが、<民衆同士の利害対立>は確実にある。単に<(日本と中国との間で問題になるような)資源の取り合い>とかの分かり易い話じゃなくて。
 
‥‥‥‥これこそが、<リベラルの大前提>の難しさだ。<リアリスト的に考えるリベラル>としては、[あまり露骨に突きつけないでいてくれれば、ずっとリベラルっぽく振舞えたのに‥‥]と、言いたくなくもない。
 
 
●泥棒にも三分の理
 
もっとも、もし[片方の民衆が明確に悪で、他方が純粋に被害者である]と常に言い切れるなら、まだ話は簡単だ。
だが、「泥棒にも三分の理」という言葉もある。
────それでもアサンジ氏なら[両方が少しずつ悪いなら、双方を叩く。アメリカとタリバン両方を叩くように、バルカン紛争当時なら、セルビア人、クロアチア人、ムスリムなど、皆公平に叩いた]と言うだろう。
────だが、[両方ともある程度仕方がない]こともある。それまでのいきさつから、[状況に捕らわれて、対立状況に陥っている]という場合だ。その場合、やはり単純に[権力さえなければ、民衆同士は争わない]とは言い切れない。
 
バルカン紛争の例では、確かに<ミロセヴィッチのような扇動者の権力欲>の責任は重そうだから、かつての南アフリカを例にとろう。<アパルトヘイトを支持した白人入植者の子孫たち>には、<かつてのコンゴ動乱で多数派黒人にのまれた白人の運命>に自分たちを重ね合わせ、不安と恐怖を感じていた者も多かったろう。彼らがどんな恐れを抱いていて、どうすればその恐れから解放され、<アパルトヘイトという黒人隔離政策>をやめられるか、それらの話を、善意の仲介者が(本音のレベルで)聞き出したとする。
その上で慎重に、今度は<黒人の側の意識>を[解放されたからと言って(逆に多数派として)<少数派の白人>を弾圧したりはしない]方向へと、いかにやんわりと持っていくか、その見取り図を描くとする。
もし、<双方がこっそり考えていること>を、ナマのままぶちまけるようでは、最初から<双方の(権力者でなく)民衆>は怒り狂い、脅威を感じ、話は進まないかも知れない。
それどころか、逆に悪くなるかも‥‥。
 
仲介交渉とは、[たとえ相手が悪魔であっても、まるで味方のように接する]ことのはずだ。
カウンセリングに似てるかも知れない。まずは、ただうなずいてひたすら聞くとか。相手の言い分が、社会的にはどんなに否定的な内容であっても、それが<相手にとって真剣な主張>ならば、聞かないわけにはいかない。
 
 
●インターネットは民主革命だけでなく民族衝突も起こし得る
 
インターネットとは<民主主義に役立つツール>と言うより、正確には<不特定多数の人々をつなぎ、情報の伝搬を早めるツール>だ。
 
<民主主義の武器>であることは間違いない。単に[政府を倒す]というレベルに留まらず、<報道・出版での力の偏り>を、拡散させるのにも役立つ。
日本のメディア業界では、色々な企業に力が集中していると言われる。大手広告代理店、大手芸能プロダクション、大手出版取次、もちろんスポンサーの電力会社‥‥。
世論操縦ができるということだ。
ネットはその対抗に使える。正直、かなり期待している。うまく使えば、これほど有効な方法は他にない。
 
だが、<それら垂直の対立>に対して<水平の対立>だって存在する。メディアはそれを増幅できる。実際、<94年のルワンダの大虐殺>では、<“虐殺ラジオ”という扇動媒体>が大きな害を及ぼしたのは有名な話だし。
<チュニジアやエジプトといった国々>では、(少なくともムバラク政権が倒れるまでは)<支配者対民衆という“垂直の”対立構図>だった。だが、もし<≪民族や宗派同士の対立≫がもっと顕在する国>だったら、どうだったろう。既にシリアはそんな感じだ。<その隣、“宗派のるつぼ”であるレバノン>も、かつては大変な時期があった。もともとイスラム圏自体が、<革命防衛隊を抱えるシーア派のイラン>と<反シーア派のアルカイダ>という双方の過激派がいる。
 
仮に[それらが<権力による民衆操作の結果>であり、<真実の情報の開示>によりやがては解消される]のだと仮定しても、それまでは、情報暴露はどちらにも転び得るだろう。
 
(ひとつ期待したいのは、言語の壁をなんとかすることかな。これだけネットそのものが発達しても、日本国民と中国や韓国国民との間に、大したやり取りがないのは問題だ)
 
 
●メディアにはより大きな責任が
 
とは言え、<情報自由化の流れ>はもう止めらない。ウィキリークスやオープンリークスでなくても、他のどこかがやる。
 
‥‥‥‥ということは、<新しい時代の新しいルール>が必要になるってことだ。
<イギリスのガーディアンやドイツのシュピーゲルなどのメディア>は、<アサンジの提供情報>を検証していた。<垂れ流し的な公開>はされず、まず検証の対象になった。<後発のオープンリークス>も、[<情報を渡したメディア>に公開の可否を決めさせる]仕組みらしい。当然だ。
 
メディアは<より大きな権限と背中合わせの、より大きな責任>を負わされ、ジレンマに直面すると思う。[ある暴露ひとつのせいで、どこかの和平交渉が吹っ飛ぶ]こともあり得るだろうから。特に、[和平交渉を潰すか、人権侵害を見逃すか、選ばねばならない]といったシビアな状況では‥‥。
[政治を現実に左右できる]ってことは、[<これまで現実の政治家が直面してきたジレンマ>を、今度はメディアがモロにかぶる]ってことでもある。
 
 
●新しいルールでも‥‥結局違う“体制”ができる?
 
しかし<その公開・非公開の基準>は、どのようなものなのだろう。本当に<透明な基準>で最後まで通せるのか。
[メディアに権限がある]ということは、[暴露する側とされる側の間に、逆に<ある種のルール、悪く言えば慣れ合い>が生じる]という可能性はないのか。
 
インターネットが出る前なら、こうはならなかったはずだ。<出されては政治上マズい情報>であっても、[そんなの情報盗まれる方が悪い。こっちは<持ち込まれる情報>を公表しないわけにはいかない]というのが<メディアの責任の果たし方>だったろう(特定秘密保護法案ができる前ってこと)。
‥‥‥‥それが、<今のようにあらゆるものが持ち込まれる時代>には、メディアには<これまでと別の意味でのより重い責任>が背負わされかねない。<[これを暴露していいものか]と悩む情報の洪水>に、メディアは日々ドップリ浸り、その一つ一つについて慎重に判断を下す。それは連日続けば、ルーチンワークになり、それ自体が一つの“社会システム”、悪く言えば“社会体制”になる。メディアは思惑一つで重大情報を暴露したりしなかったりできて、<より大きな権力>になり、それの抑制は、一般大衆の力でなく、どこかとの“勢力均衡”によるかも知れない。
 
(その前に[公電そのものをバレるの前提で流す]ことで、逆に<ディスインフォメーション即ち誘導>をすることもあり得るか??)
 
 
晃彩 晶 KousaiAkira


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