ヒフミ|自愛育の専門家
はじめまして🍀
自愛育(じあいいく)の専門家、ヒフミです。
私は、
「私は私を見捨てない」
ということを土台に。
人生の後半を、
本当の自分と一致して生きるための
「自愛育」をお届けしています。
⏳ 「人は何のために生きるんだろう?」恐れと孤独の幼少期
私の人生は、ずっと「恐れ」とともにありました。
幼い頃から安心できる場所が少なく、
周りに受け入れてもらうために、
笑ってもらったり、
お道化(おどけ)たキャラクターに
なったりしながら、
自分の居場所を必死につくっていました。
怖くて、反抗期さえ来なかった思春期。
そして、
小学生の頃から、
「人は何のために生きる?」
「人はなぜ死ぬの?」
「死んだらどうなるの?」
そんなことばかりを考えていました。
長い間、心のどこかに深い孤独を
抱えて生きていたのだと思います。
👤 誰にも言えず、一人で自分を守っていたあの出来事
私には子どもの頃、
長い間誰にも言えず、
一人で抱えていた出来事があります。
母と暮らしていた男性から、
性的な嫌がらせを受けたことでした。
怖くても誰にも言えず、
子どもだった私は、
自分で自分を守るしかありませんでした。
そして、ようやく母に打ち明けることができた時も、私の言葉を信じてもらうことはできませんでした。
その時の、
「やっぱり私は、守ってもらえないんだ」
という絶望は、
その後もずっと私の中に残り続けていたんです。
🎸 好奇心だけは消えなかった。私の原動力
それでも不思議なことに、
恐れ、孤独の中にいても、
私の中の「好奇心」だけは消えませんでした。
「好奇心が動いたら、やってみる!」
バンド活動をしたり、奇抜な洋服のお店で働いたり。
初めての海外旅行では、
観光名所を巡る旅……ではなく(笑)、
イギリスの古着屋さんを巡って買い物をしたり、
本場のパンクギグを観て回ったりしました。
「見てみたい!」
「やってみたい!」
と思ったら、実際に行って自分で体験してみる。
振り返ってみれば、
この強い好奇心はずっと私を生かし、
支え続けてくれていた原動力でした。
💔 一番つくりたくなかった現実「未婚の母」としての出産
大人になって、私はある男性と出会いました。
約2年間お付き合いをする中で
「人生を共にしてほしい」と言われ、
私も「この人は私の運命の相手だ」と
心から信じていました。
二人でこれからの人生を考え、
子どもを持つことを計画して妊娠。
愛する人と一緒に家庭をつくり、
子どもを育てていく。
そんな幸せな未来へ向かって進んでいるはずでした。
ところが、妊娠中にさまざまなことが起こり、
最終的に私は未婚の母として
娘を産むことになったのです。
それは私にとって、とても大きな衝撃でした。
幼い頃に父親がいなくなった私は、
ずっと心のどこかで
「自分の子どもには同じ思いをさせたくない」
と思っていたからです。
「なのに、私が一番つくりたくなかった現実を、
自分でつくってしまった……」
当時の私は、激しく自分を責めました。
心は大きく傷つき、
精神科と産婦人科の両方に通いながら、
必死の思いで出産に向かいました。
👶 娘が生まれた日
何とか、出産までこぎつけ、
娘が生まれた時、、、
思いもしなかった思いが出てきました!
それは、
「初めて、心を許せる身内ができた」
本当に心から、ほっとしました。
私にとって娘の存在は、それほど大きな救いでした。
そして、、、
娘が生まれたからといって、
それまで深く傷ついてきた心がすべて一瞬で
元氣になるわけではありませんでしたから、、
🌿 傷ついた心で出合った「瞑想」、そして「ものづくりの世界」へ
娘を育てながら生きていかなければいけない中で、
出合ったのが「瞑想」でした。
私はそこにのめり込み、
必死になって取り組み
その中で不思議な体験を沢山しました、、、
そして、、、
ある日、その体験を通して解ったのが、
「今は、この探究をする時ではない。
もっと先にやることがある。
今は娘を育てながら、
現実の生活をつくっていく時なんだ」と、、、
そこで一度その探究から離れ、
始まったのが手作り子ども服のお店でした。
洋服をつくることも、
自分の感覚で何かを生み出すことも、
もともと大好きだった私。
子育てをしながらお店を始め、
その後2000年に移転してカントリー雑貨店「Heart Land」を開業しました。
💬 何氣なく口から出た「10年後の私」の予言
実は、まだ「Heart Land」を開く準備をしていた頃、知り合いとの何氣ない会話の中で、
こんな言葉がふっと口から出たんです。
「10年ほど雑貨店をしたら、セラピーを学んで、セラピストになってると思う!」
何か具体的な計画があったわけではありません。
ところが、本当に約10年後。
私は「細胞蘇生法」と出合うことになります。
🕊️ 本当にやってきた次の道、そして「Heart Land」の奇跡
私は細胞蘇生法を夢中になって学び、
師匠のもとで最初に卒業した弟子となりました。
いよいよ「これから仕事としてやっていく」と
いう時、師匠から
「二つの仕事を続けていくのは厳しい」
とアドバイスを受けます。
そこで私は、
約10年間大切に育ててきた「Heart Land」を
手放すことを決めました。
その時、私の中に浮かんだのが、
一緒にお店を切り盛りしてくれていた
バイトの「あきっち」でした。
「この子なら、できる」
そう思ったから、あきっちにお店を託しました。
そして、私の感覚は本物でした。
私が離れたあとも屋号を変えることなく、
「カントリー雑貨店 Heart Land」として、
今もお店を大切に育て続けてくれています。
2000年の移転開業から数えて、2026年で26周年。
自分が生み、育てたものが、
自分の手を離れたあとも
誰かの手によって育ち続けている。
「Heart Land」は今でも、
私の人生の大切な宝物です。
🌱 新しい感覚の開花と、一度目の離脱
細胞蘇生法でのパワフルな瞑想を続ける中で、
私はそれまでとは違う感覚でエネルギーを
感じるようになっていきました。
ある頃から、
植物とのエネルギーの共鳴を強く感じる体験が
起こり始めます。
道端に生えている小さな野草から感じた、
驚くほど大きなエネルギー。
「こんな小さな生命に、こんなにも大きなパワーがあるんだ」
それから私は、木や草花, 太陽、自然など、
人間以外の生命や存在にも
意識を向けるようになっていきました。
人が怖く、長い間孤独を感じてきた私にとって、
自然との共鳴は言葉を超えて
私を支えてくれる大切な体験となりました。
しかし、
いよいよセラピストとして活動しようとした時、
師匠からの出された条件は
当時の私にはハードルが高く、
怖じ気ついてしまい、
研修生として2年間頑張ったものの、
一度はその世界から離れることに
なってしまいました。
🌀 泥沼の葛藤、正式な「挫折と絶望」
離れた4年間の間に、
瞑想ではヨグマタジやOSHOのサニヤシンに
多種ヒーリング法や、エネルギーワーク、、、
本当に色々と、学びましたが、
結果が出ない、、、
その後、「やっぱり私は結果を出せる、
細胞蘇生法が私の道なのではないか」
と思い
私はもう一度その世界へ戻り
今度こそ「ここで生きていこう」と
決意していました。
4年のブランクがあったのですが、
エネルギーの戻りも驚く速さで、
大きさも気づきも更にパワーアップしていきました、、、
そして、今度こそと思い、
師匠の価値観や考え方、
その世界観に
自分自身を合わせて一生懸命に頑張りました。
ですが、
外側の基準に合わせれば合わせるほど、
私はどんどん苦しくなっていったのです。
私のエネルギーはそこから上がっていかなくなり、
そして結局、私は完全に離脱しました。
その時の私には、
それまで「自分の道」だと思っていたものが
全部なくなってしまったように感じられました。
「これから私は、何をして生きていけばいいんだろう……」
次に生きる道まで完全になくしてしまったような感覚。
残ったのは、、、
猛烈な挫折感と絶望感だけでした。
そこから、何か新しいことを始めるどころか、
ただ「普通の状態の私」に戻るまでにさえ、
5年以上の日数がかかりました。
💖 大きな転機:「だったら、私が私の母親になればいい」
大人になってからも、
色々な形で母を支えながら生きてきましたが、
心の奥には子どもの頃のあの出来事が
ずっと残っていました、、、
私は母に、
「あの時、私の言葉を信じてもらえなかったこと、
守ってもらえないかったことについて、
一度だけでいいから『ごめんね』と言ってほしい」
と伝えたことがあります。
けれど、母にその思いを
受け取ってもらうことはありませんでした。
その時、私はようやく、一つのことを手放すことにしました。
「いつか分かってもらえるかもしれない」と
待ち続けることを、もうやめよう、と。
母を変えようとするのではなく、
これからは私が私を守ろう。
子どもの頃に守ってもらえなかった私も、
一人で戦った私も、今の私が迎えに行けばいい。
そして、ふっと思ったんです。
「だったら、私が私の母親になればいい」
- 📍 私の話を、私が聞く。
- 📍 私の氣持ちを、私が信じる。
- 📍 私が私の味方になる。
- 📍 私が私を守る。
- 📍 私が私のやりたいことを叶えてあげる。
そして、私が私を徹底的に大切にする。
そう決めてから、
自分を大切にする手厚くなり、
スピードもさらに
加速していきました❣️
「私は今、どう感じてる?」
「本当は何が嫌? 何がしたい?」
自分に問いかけ、
小さな「やりたい」を拾っては
ひとつずつ叶えてあげる。
実際の生活の中で、
これをひとつひとつ実行していきました。
✨ すべての過去が、今の私につながっていた
ある時、自分の人生をあらためて振り返りました。
恐れ、孤独、性的被害、未婚での出産、
お店の開業と手放し、
信じた世界からの完全離脱、
果てしない挫折感……。
本当に、波乱万丈な人生でした、、、
でも、その人生を振り返った時、
初めて過去の自分に対して
心の底からこう思えたのです、、、
「私、本当によく生き抜いたな」
あの時の私も、その時その時の精一杯で生いた。
人生をなかったことにする必要も、
過去の私を否定する必要も、
何一つなかった。
むしろ、この波乱な人生だったからこそ、
今の私がいる。
どれかひとつを消してしまったら、
今の私はいない。
全部が、今の私につながっていたのです。
🌱 私はこれを「自愛育(じあいいく)」と呼んでいます
自愛って、
ただ「自分を好きになりましょう」
ということではないと私は思っています。
自分を好きになれない日だって、
不安でグルグルする日だってあります。
そんな自分まで置いていかず、
「私は私を見捨てない」と、
自分との関係を少しずつ育てていく。
まるで植物を育てるように🌱
安心を育て、
感情を感じ、
本音を取り戻し、
自分の感覚や好奇心を使って人生を創っていく。
だから私はこれを、「自愛育」と呼んでいます。
完璧な自分になることではなく、
100%自分で在ること。
そして、「私は私で本当に良かった!」と、
自分で在ることを心から喜べる人を増やしたい。
安心して自分でいられるようになると、
眠っていた本音や好奇心が動き始め、
誰かの正解を生きる人生ではなく、
自分にしか創れない独自の人生が始まります。
私自身も、まだまだ進行形です。
知って、
旅をして、
体験して、
探求して、
表現する。
イギリスまでパンクギグを観に行ったあの頃から、
私の根っこは変わっていません。
一人が自分を大切にするようになったら、
その変化は家族へ、友人へ、また次の誰かへと、
小さく広がっていく。
私はそんな温かい循環をつくっていきたいと思っています🍀
だから、まずは私から。
バタフライ効果を期待して!🦋✨
