こんにちは。
マルです。
子どもたちが不登校になってから
過去に不登校だった方の体験談を聴いたり、
専門家の見解をYouTubeで見たり、
子どもの様子を日々観察したり、
学校の先生とお話ししたり。
そんなふうに日々を過ごす中で、
「幸せな人生を送るために
学校は必ずしも必要ではないよなぁ」
という思いが
少しずつ確信に変わってきています。
⸻
不登校の本当の怖さは、
「学校へ行かないこと」そのものではなく
「学校へ行かない自分を
責めたり、恥ずかしいと感じたりすること」
にあるのではないかと思っています。
⸻
こんなことを言うと
批判の声が聞こえてきそうですが
私にとって「不登校」という状態は
ある意味「大きな可能性を秘めている」
「不登校は、むしろチャンスかもしれない」
そんなふうに感じることすらあります。
⸻
その理由はうまく言葉にはできないけれど
魂レベルで
それぞれが「今の自分に必要な経験」
を選んでいる――
そんな感覚があります。
だからこそ、
「不登校」と名前がつくような経験には
その人の人生にとって
何かしら意味があるのだと思うのです。
きっと、いつかどこかで役に立つ経験になる。
⸻
「不登校」に限らず
一見ネガティブに見える出来事が
その人にとって「有益な経験」
へと変わるためには
何が必要なのでしょうか。
ずっとその問いを考え続けていますが
一つ確かに言えるのは――
「本人が、自分で決断して進んでいくこと」
これは、本当に大切なことだと感じています。
「まず、そこから」なのだと思います。
不登校には
不安がつきまとうことも多いと思いますが
子どもの将来を閉ざすものではないし
むしろ「行かない」という選択が
人生をひらくこともある
私はそんな可能性を感じています。