こんにちは。

マルです。


私は小学校から大学院まで

ずっと日本の教育を受けてきました。


その中で

「科学的・論理的根拠に基づいて考える」

という思考が、自然なものになっていました。


でも実際には

どれだけ理屈で「大丈夫」と説明されても

心が本当に落ち着いた経験は

そう多くありません。


たとえば、踏切が怖かった頃のこと。


「遮断機が上がっているし

警報も鳴っていないから電車は来ないよ」

と説明されても

不安は消えず、むしろ強くなるばかりでした。


そんなとき、もし誰かが

「そうか、踏切を渡るのが怖いんだね」

と気持ちに寄り添ってくれていたら——


私はその「不安」を安心して味わい、

やがて自然と手放すことができたかもしれない。

今ではそんなふうに感じています。


不安に理屈で立ち向かおうとすればするほど、

その沼に深く沈んでしまう——


そんな時期を経て、たどり着いたのが


「どんな出来事も、

 どんな感情も、

 魂にとっては意味がある」

という感覚でした。


つまり

「実はすべてが上手くいっている」のだと。


この考えを

「分からない」「信じられない」

と感じる方もいるかもしれません。


その思いに反論するつもりはありません。

価値観は人それぞれ違っていて、それでいい。


それぞれが、自分の心にしっくりくるものを

選んでいけたらいいな、と思います。


私にとって大切なのは、

「正解かどうか」よりも

「心の平安が得られるかどうか」を選ぶこと。


それが、今の私にとって

いちばん必要なことなのです。


「どんな出来事も

 どんな感情も

 魂にとっては意味がある」

という感覚。


それは

私にとっての平安であり

希望でもあります。


だから今、あの頃の私に伝えたい。

心から、届けたい言葉があります。


それは——


「何があっても、大丈夫。」


確信を持って発せられる

この言葉には


単なる「大丈夫」を超えた

力強いパワーや癒しの効果がある

と感じています。