先日、とても心が温かくなる出来事がありました。
私が開催しているオンラインカフェに
参加してくださっているお母さんが、
マルシェを開催されたんです。
きっかけは、お子さんでした。
絵を描くことが大好きなお子さんに、
「自分の絵を誰かに見てもらう機会をつくってあげたい」
「その経験が、この子の自信につながったら」
そんな想いから、
マルシェを企画されたそうです。
私も当日、足を運ばせていただきました。
たくさんの方が訪れ、
そこにはとても温かな時間が流れていました。
お子さんの「好き」を信じて、
その可能性が広がる場所をつくる。
その姿を見ながら、私は改めて考えていました。
親が、本当に大切にしたいものって何だろう。
学校へ行くことなのか。
それとも、子どもが自分らしく、
自分の人生を歩んでいくことなのか。
◆「学校へ行くこと」が一番大切だった頃
娘が不登校になった頃の私は、
「学校へ行くこと」が
とても大切だと思っていました。
朝になると、
「今日は行けるかな」
「明日なら行けるかな」
「来週こそは……」
期待しては、思うようにいかず落ち込む。
そんな毎日を繰り返していました。
学校へ行けた日はホッとして、
行けなかった日は不安になる。
気がつけば、娘の状態を
「学校へ行けたか、行けなかったか」
で見ていたように思います。
でも、あるとき気づいたんです。
私が本当に願っていることは、
娘が学校へ行くことではない。
娘が笑顔でいられること。
素直な気持ちを大切にできること。
そして、自分らしく生きていけること。
私が本当に願っていたのは、
その先にある娘の未来でした。
◆学校は「目的」ではなく「手段」のひとつ
そう考えられるようになったとき、
私の中で「学校」の位置づけが
少し変わりました。
学校へ行くことそのものが、
人生の目的ではない。
学校は、学んだり、人と出会ったり、
経験を重ねたりするための
「手段」のひとつ。
だから、
学校とは違う道を選んだとしても、
その子らしく
幸せに生きていくことはできる。
そう思えるようになりました。
もちろん、
娘にも学校以外の
選択肢があることを伝えました。
フリースクールや
オンラインで学べる環境など、
「道はひとつじゃないよ」
と話しました。
でも、
その中で娘が口にしたのは、
「私は今の学校へ行きたい」
という言葉でした。
それは、
親である私が望んだ未来ではなく、
娘自身が望んでいる未来でした。
だから私は決めました。
学校へ行かせることを
目標にするのではなく、
娘が望む未来を
一緒に信じよう。
◆私が「諦めたもの」と「諦めなかったもの」
私は、
「学校へ行かなければならない」
という執着を手放しました。
学校という形だけに
こだわることを、諦めました。
でも、
娘の可能性は、諦めない。
娘が自分らしく生きていく未来も、
諦めない。
そして、娘自身が
「こうなりたい」と願う未来も、
諦めない。
私にとって必要だったのは、
すべてを諦めることではありませんでした。
何にこだわることをやめて、
何を信じ続けるのか。
それを自分の中で
はっきりさせることだったのだと思います。
◆子どもの「好き」を信じるということ
先日のマルシェを見ながら、
私はこのことを思い出していました。
お母さんが見つめていたのは、
「学校へ行けているかどうか」
ではありませんでした。
お子さんが好きなこと。
夢中になれること。
その子の中にある力や可能性。
「この子の好きなことを、もっと広げてあげたい」
そんな想いから生まれた場所に、
たくさんの人が集まりました。
そして、お子さんの描いた絵を
見てくれる人がいました。
もしかすると、その一つひとつの経験が、
「私の好きなものを、好きと言っていいんだ」
「私にもできることがある」
そんな小さな自信に
つながっていくのかもしれません。
学校へ行っているか、
行っていないか。
それだけでは測れない成長が、
子どもたちにはたくさんあるのだと思います。
◆「本当に大切にしたいもの」は何ですか?
子どもが不登校になると、
どうしても「学校」に
目が向いてしまいます。
「いつ行けるんだろう」
「このままで大丈夫なんだろうか」
「勉強は遅れないだろうか」
「将来はどうなるんだろう」
そんな不安が湧いてくるのは、
とても自然なことだと思います。
でも、そんなときこそ、
学校から少しだけ
視線を遠くに向けてみる。
そして、
自分に問いかけてみてほしいのです。
「私は、本当は何を大切にしたいんだろう。」
子どもの笑顔かもしれません。
自分の気持ちを大切にすることかもしれません。
好きなことに夢中になることかもしれません。
自分で自分の人生を選んでいけることかもしれません。
その答えは、一人ひとり違っていい。
そして、
一度出した答えが
途中で変わってもいいと思うのです。
大切なのは、
「学校へ行く・行かない」だけではなく、
その先にある
わが子にどんな人生を歩んでほしいのか
を見つめてみること。
本当に大切にしたいものが
少しずつ見えてくると、
同じ「今日」でも、
見える景色が変わってくることがあります。
今日、学校へ行けなかった。
でも、好きな絵を描いて笑っていた。
昨日できなかったことを、
今日は少しやってみた。
自分の気持ちを、
ひとこと話してくれた。
そんな小さな変化にも
気づけるようになるかもしれません。
手放してもいいものは、手放していい。
でも、
その子の可能性まで、手放さなくていい。
子どもが自分らしく
生きていく未来を信じることまで、
諦めなくていい。
私もこれから、
目の前の「できた・できない」
だけではなく、
その先にある未来を見ながら、
子どもたちを
応援していきたいと思っています。
諦めて、諦めない。
今の私にとって、とても大切な言葉です。