『伊香具神社』は、羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家が織田信長死後の後継争いで戦った賤ヶ岳の麓にある神社で、天武天皇の白鳳10年以前に建立された神社とされます。
御祭神に伊賀津臣命をお祀りし、「余呉湖の羽衣伝説」に伊香刀美として登場する伊賀津臣命は古代日本の豪族の中臣連の祖だとされます。
「余呉湖の羽衣伝説」
天女が伊香小江に天降って水浴びをする様子を見て一目惚れした伊香刀美が白犬を遣わして秘かに天衣を盗み、天に昇れなくなった天女を伊香刀美が妻として迎え入れた。
伊香具神社の参道沿いには八重桜が“桜のトンネル”を作っており、丸くって大きな花が通る人を覆うように咲き誇っています。
参道は100mほどあり、八重桜など約70本が参道の両脇に連なり、濃いピンク色の八重桜・白色の八重桜が並ぶ光景は圧巻です。

駐車場はほぼ満車状態で近隣県のナンバーの車両も多く、参道にはカメラで撮影される人や上を見上げて桜を楽しまれる方が多く、一時密集状態の時もありました。
伊香具神社の花見に前回訪れたのは2020年の時よりも花数が多くなっているように感じましたが、6年の間に桜が成長してボリューム感が出てきたのかと思います。

八重桜は、濃いピンク色の八重桜と白色の2種類がありましたが、インパクトがあったのはピンク系の花になります。
花が大きいので沢山のポンポン(玉房状の飾り)が頭の上にぶら下がっている感じで、ちょうど見頃だったのではないでしょうか。

参道の左が白色の八重で、右がピンクの八重。
枝垂桜はもう散りだしていて、見頃は終わっているようでした。

参道が終わって、二つ目の鳥居の前まで来ると、白の八重桜が満開になっています。
春の訪れを知らせる花はいくつかありますが、伊香具神社の八重桜は春の終わりを告げる花と言えるかと思います。

伊香具神社の本殿は、賤ヶ岳を背にして建っており、その前には「伊香式鳥居」という全国で唯一の形の鳥居があります。
往古神社の前は琵琶湖と連なる小江(白鳥物語の舞台)だったといい、そのため「伊香式鳥居」は奈良の三輪式鳥居と安芸の厳島式鳥居が組み合わさった様な形をしているという。

「三輪式鳥居」は明神型の鳥居を3つ組み合わせた形であり、厳島式鳥居は本柱の前後に控柱を設けた構造で高島市の白鬚神社が似た構造になっています。
背後の伊香山(賤ヶ岳)と呼ばれた神奈備であったため、湖の神様と山の神様の両方の神に捧げる意味があるのだといいます。

拝殿は2018年の台風21号の災禍によって倒壊したため、2022年11月に再建されたそうです。
再建には“氏子有志一丸となり復興に努めた”とありますが、これだけの建物を再建するには相当の尽力が必要だったと感じ入ります。

神門と玉垣に囲まれた本殿は、荘厳な雰囲気を感じさせる建築物ですが、戦国時代の賤ヶ岳の戦いによって社殿や古記録は焼失して、社領が没収された時代があったようです。
神社は明治期に郷社(明治8年)、県社(明治32年)に昇格し、明治40年には神饌幣帛料供進神社に指定されたといいます。

本殿の裏山ではシャガの群生が満開になっていました。
観光写真でしか見たことがありませんが、すぐ近くで運行している賤ヶ岳リフトではリフトの下にシャガの群生地が広がる観光スポットになっているようです。

シャガはアヤメ科アヤメ属の多年草で、古い時代に中国から日本に入ってきた帰化植物だそうです。
シャガはあちこちで自生していますので見かける機会の多い花ではありますが、この何とも妖しげな雰囲気を醸し出すこの花は好きな花のひとつです。

伊香具神社には弘法大師・空海の伝説が伝わっており、812年に弘法大師がこの地の治水工事を行う際、「独鈷」を用いて浄水源を掘り当てられたといいます。
以後この清水を「独鈷水」と呼んで、神聖な浄水として大切にしてきたという。

独鈷水の横には「神宮寺の蓮池」があり、往古神社の前は琵琶湖と連なる「伊香胡の小江」と呼ばれる入江だったといいます。
弘法大師は入江に棲む大蛇を沼に封じ込めたという伝説があり、その沼の名残が「神宮寺の蓮池」だと言われていると伝わります。

参拝を終えて参道を歩いて一之鳥居まで戻り、最後にもう一枚鳥居バックの八重桜をパチリです。
向こう側からカメラが向いていて、こちらからもカメラを向けている状態。

定番の撮影ポイントなので参道の桜と水田のリフレクションを一応撮っておきました。
このリフレクションは朝の早いうちに撮るか、ライトアップの時間帯に撮るのがベストかなと思います。

桜は、“ぱっと咲いて、ぱっと散る”という散りゆく潔さがや儚さが、諸行無常の美しさを体現するといいます。
ただ八重桜は、ソメイヨシノとは違って開花期の長い花ですので、まだしばらくの間は八重の桜を楽しめるかと思います。



























