作家の笹本稜平さんは推理小説や冒険小説を数多く書かれている作家ですが、ジャンルのひとつとして山岳小説も多く書かれています。
これまで「春を背負って」「還るべき場所」「未踏峰」について書きましたが、さらに何冊か読了しましたのでここに記しておきます。
「その峰の彼方」(笹本稜平 2014年)
デナリはマッキンリーと呼ばれるアラスカにある標高6190.4mの北アメリカ大陸の最高峰で、冬季単独初登頂した植村直己さんが下山時に遭難して今も眠る山です。
クライマーとしては最高レベルの技術と精神力を持ちながら、日本の登山界とは距離を置く津田はマッキンリーを愛し、アメリカ人となってガイドを務めている。
妻は子供を身ごもり、アラスカでのビジネス・プロジェクトが進む中、厳冬の最難関ルートに挑戦し遭難してしまいます。
決死の救出や遭難時の津田の心理描写などを500Pを越える長編の中でゆっくりと描かれていく。
長い物語は最後の数ページのために文字を費やしたといえ、最後の数ページを読み終えた後に感じる余韻は言葉になりません。
「分水嶺」(笹本稜平 2014年)
冤罪で服役して仮釈放中の田沢は、厳冬期の大雪山で絶滅したはずのエゾオオカミに命を救われ、エゾオオカミを探して山中を徘徊する途中で山岳カメラマン風間と出会う。
田沢を冤罪に追い込み、殺人の証拠隠滅のためリゾート計画を進めようとする不動産会社社長は政治権力を利用して田沢を亡き者にしようとする。
田沢は厳冬期の大雪山で雪崩により遭難するが、危機的状況の中で繰り広げられる奇跡。
本来はエゾシカなどを食べていたオオカミは、開拓によりエゾシカが減ったことで、放牧されたこウマを襲うようになり、毒餌を使って駆除され絶滅したという。
北海道ではエゾシカによる農業被害が多発したので、海外からオオカミを導入しようとする動きがあるとか...。
「大岩壁」(笹本稜平 2016年)
ヒマラヤの8000m峰のナンガ・パルバットは世界第9位の標高を誇り、多くの遭難者を出す山のため「魔の山」とも「人喰い山」とも呼ばれるという。
主人公は友人2人と冬季未踏ルートからの登頂を目指すが、失敗して友人の一人を失ってしまいます。
5年後、死んだ友人の弟を交えた3人で再びルパード壁からの冬季初登頂を目指すものの、1名は雪崩事故に遭いヘリで搬送され、もう1名は想定外の動きをとる。
また、ロシアのパーティも不穏な動きをとる中、過酷な天候の中を生死を彷徨うような登攀を行い頂点を目指します。
最初の2冊は、登山以外のエピソードも交えた小説でしたが、「大岩壁」は極限状態での登山をドキドキするような臨場感で描いています。
「南極風」(笹本稜平 2012年)
アラスカのデナリ(マッキンリー)、北海道の大雪山、ヒマラヤのナンガ・パルバットときて、「南極風」ではニュージーランドのアスパイアリングを舞台としています。
登山ガイドをしている主人公は、アスパイアリングの登山ツアーの際、突然の落石によって死亡者を出す事故となるが、超人的な人力により残りのツアー客を無事生還させる。
しかし、黒幕の暗躍と官僚主義の検察によって有罪ありきの冤罪で逮捕され、保険金殺人の犯人と仕立て上げられてしまいます。
山岳小説の名手が描く登山と遭難事故のシーンのリアリティと、検察・裁判長との法廷での闘争、支援する仲間たちの2つのストーリが手に汗握るように展開していきます。
笹本稜平さんの山岳小説の代表的なものはある程度読めたと思いますが、笹本さんにはソロシリーズという3部作があります。
まだ未読の「ソロ」「K2復活のソロ」「希望の峰 マカルー西壁」が楽しみです!
「チンネの裁き」(新田次郎 1959年)
2010年代からの山岳小説を代表する小説家が笹本稜平だとすると、1950年代から山岳小説の分野を開拓した山岳小説の第一人者が新田次郎と言われることがあります。
「チンネ」は大きな岸壁をもつ尖峰のことで、剣岳の三の窓にそびえる岩峰のことを指すといい、「チンネの裁き」は剣岳で次々発生する遭難死をめぐるミステリー小説です。
4人の山男たちが一人の美貌の女性アルピニストを巡って、愛と嫉妬から起こる惨劇。
「登山家に悪人はいない」と何度も繰り返されるが、山岳という密室の中で起こされた犯罪の顛末からは抑えきれない欲望と確執が浮かび上がります。
「アイガー北壁・気象遭難」(新田次郎 1978年)
「アイガー北壁・気象遭難」14の短編をまとめた短編集で、冬季の富士山・日本アルプスの山々・ヨーロッパアルプスまで舞台となる山は多様です。
登山の描写もリアルに書かれているが、登山する人よりも周囲にいる人たちの心の微妙な動きや生々しい感情、心理状態が繊細に描き出されています。