ヒヨコ カルガモ親子の引っ越し風景がTVやネットニュースで取り上げられる季節になりました。
カルガモは卵を草むらなどの陸上に巣を作り、孵化した後はエサを捕りやすい水辺へ移動する時に“引っ越し”が行われるといいます。

ただ湖北では“カルガモ親子の引っ越し”とはいっても、自然環境の中で動いているので、街中を移動することはほぼなく、姿を見るのは川や水を張った田圃になります。
川沿いを移動していると、2羽の子供を連れたカルガモ親子を発見!

 

 

カルガモは10~14個の卵を産むとされており、10羽近くの雛を連れたカルガモ親子を見ることもありますが、この親子は子供が2羽になっています。
衰弱して死んでしまう雛もいるのでしょうけど、肉食の生き物に襲われることも多いのかと思います。

 

以前に10羽近くの雛を連れた子だくさんの親子がいて、定期的に見ていたら見るたびに雛の数が減っていってしまったことがありました。
カルガモの天敵は肉食生物になりますが生存の危険はそれだけではなく、生息地が過密になるとカルガモは“子殺し”する習性があるというのです。

 

 

最初のカルガモ親子は子供が2羽でしたが、次の親子は子供が4羽。
両方の家族とも子供がそこそこ成長してきていますので、何とか生き残れそうな気配がします。

 

カルガモの雛はモフモフした感じの時が一番可愛いと思いますが、その頃にうまく出会えたら鳥運があるということ。

雛はあっという間に若鳥になり、親鳥と違いが判らないくらいに成長してしまいます。

 

 

 

カブト 大河ドラマ「豊臣兄弟!」での竹中半兵衛(菅田将暉)の見せ場が佳境を迎えている中、半兵衛が居城を構えていた岐阜県垂井町では「戦国武将甲冑特別展」が開催中です。
竹中半兵衛(重治)は、美濃の国主・斎藤氏に仕えた後に羽柴秀吉の軍師として活躍し、黒田官兵衛と共に“二兵衛”と称された人物です。

「その容貌、婦人の如し」と記されているという半兵衛は、秀吉に従軍した播磨三木城の包囲中に病に倒れて36歳の短い生涯を閉じたといいます。
竹中家はその後、息子の重門が家を継ぎ関ケ原の戦いでは東軍として戦い、江戸時代は旗本として存続して現在までその系譜は続いているそうです。
 

 

半兵衛と黒田官兵衛の逸話として、秀吉の中国攻めの際に反旗を翻した荒木村重の説得に向かった黒田官兵衛が幽閉され、裏切ったと思い込んだ信長は官兵衛の息子(松寿丸)を殺害せよと指示をします。
官兵衛を信じていた半兵衛は松寿丸を殺したと偽って匿い、官兵衛が救出された時に松寿丸(長政)は返されますが、その時には半兵衛は亡くなった後でした。

これらの関係がそれぞれの息子の代・竹中重門と黒田長政の関ケ原の戦いでも続くことになったようです。
半兵衛の息子重門が築城した陣屋跡である「竹中氏陣屋跡 (岩手城跡)」は、現在も白壁の櫓門と石垣が残り、かつての姿を今に伝えています。
 

 

櫓門の南側に6m・北側に2mの石垣があり、その北側には石垣跡と勝手口出入門が残されているが、その奥は小学校の敷地となっている。
櫓門の南には幅5m・長さ20mの濠が遺存していて、今も水を湛えています。

 

 

石垣の前には「竹中半兵衛重治公之像」があり、凛々しい武将姿のしていますが、我々が抱く「その容貌、婦人の如し」のイメージとは雰囲気が若干異なります。
ただし、半兵衛の逸話の多くは後世の創作によるものがあるといいますので、実際は調略に長けた武将であった半兵衛は、実際には強者然とした人だったのかもしれません。

 

「竹中氏陣屋跡」から少し歩いた場所には竹中氏の菩提寺であり、竹中半兵衛重治の菩提を弔う「禅幢寺」があります。
「禅幢寺」は、室町期の1494年に開基された曹洞宗の寺院で、1587年に領主となった竹中重元(半兵衛の父)の保護を受け、竹中氏の菩提寺になったといいます。

 

本堂は1663年、竹中重常(半兵衛の孫)によって建立されたといい、寺院には「竹中半兵衛重治像」を所蔵しているといいます。
6月7日には竹中半兵衛の448回忌法要が営まれたそうですので、戦国の世から現代に至るまで半兵衛は垂井町の中に息づいているようです。

 

墓所は本堂の脇から入った山麓にかけた場所にあり、竹中家の初代・重元、2代重治(半兵衛)から17代の元彦までの墓、及び一族の墓があります。
半兵衛の墓所は、兵庫県三木市に2か所とこの禅幢寺にあるようですが、禅幢寺の墓所は2019年12月に改修されているとのことです。

 

禅幢寺のすぐ横には「八幡神社」が祀られ、半兵衛の居城の「菩提山城」の大手門へと続くハイキングコースの登り口があります。
「菩提山城」は標高402mの山頂部にあり、南北260m・東西60mの広い場所に複雑な構造で造られた城とされ、今も堀切・堅堀・空堀・切岸・曲輪跡などが確認できます。

 

菩提山城跡の大手道入口までは、ここから1950mほど登ることになりますが、この山も例にもれず“クマ出没注意”の山で入山注意!の看板があります。
今回は菩提山には登りませんが、約1年前に登った時の記事のリンクを付けておきます。
 

右差し 竹中半兵衛の居城「菩提山城跡」を歩く!
 

 

今回の『名軍師 竹中半兵衛現る!』は岩手地区まちづくりセンターで開催されており、会場には地元の方々が詰めて来場者をもてなされており、来場者は非常に多く半兵衛人気の高さが伺われました。
会場には「軍師官兵衛」で竹中半兵衛役が着用した甲冑や、過去の撮影で使用された豊臣秀吉・秀長、黒田長政の甲冑、菩提山城のジオラマなどが展示されています。

 

甲冑の最初は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主役の豊臣秀長の甲冑からです。
甲冑は2023年の大河ドラマ「どうする家康」の秀長(佐藤隆太)で使用されたものとのことです。

 

秀吉の甲冑は、1995年の大河ドラマ「秀吉」で竹中直人さんが使用したもの。
竹中直人さんは「豊臣兄弟!」では松永久秀を演じておられ、出演はほんの数話だけでしたが、強い印象を残されました。

 

黒田官兵衛の息子の長政(松寿丸)の甲冑は、2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」で使用されたものだそうです。
「豊臣兄弟!」での黒田官兵衛は倉悠貴さんですが、まだ登場したばかりで見せ場はこれからになりそうです。
 

 

竹中半兵衛の甲冑も2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」で使用されたものだそうです。(役者は谷原章介)
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の半兵衛役は菅田将暉ですが、公開予定の映画「黒牢城」で菅田将暉さんは黒田官兵衛役ですので、映画が公開されるのが待ち遠しく思います。
 

 

『名軍師 竹中半兵衛現る!』の会場では来館すると“軍配団扇”のプレゼントがあり、陣羽織を着たり兜をかぶって刀を持ったりして記念撮影が出来るコーナーがありました。
展示物には菩提山城での発掘物や城の再現図やジオラマ、撮影に使った小道具などの展示があって、無料のイベントとは思えない充実ぶりでした。
 

 

竹中氏陣屋跡・禅幢寺・八幡神社・岩手地区まちづくりセンターは徒歩圏にあり、周辺を散策していたら季節の花のアジサイがあちこちで咲いているのが目に留まりました。
ピンク色のアジサイの花にベニシジミが留まってくれましたので記念撮影です。

 

 

栗の花も梅雨の声を聞くようになってから、あちこちで見かけるようになりました。
栗の花を見かけると“馬のたてがみ”みたいと思うことがあるのですが、栗毛の馬でたてがみと尻尾が白色の馬を「尾花栗毛」と言うことがあるそうです。

 

こんなフワフワした感じの長い穂のような花が秋になるとイガイガの栗の実になるのって不思議な感じがします。
また、栗の花が咲きだすとあちこちの庭や空き地に栗の木が結構植えられているのを気付かせてくれますね。

 

映画『黒牢城』は、菅田将暉さんが黒田官兵衛を演じ、本木雅弘さんが荒木村重を演じる映画で、米澤穂信さんの原作は直木賞など多くの賞を受賞した作品です。
次々と起こる事件を地下牢に幽閉された官兵衛が解き明かすミステリーで、「豊臣兄弟!」で半兵衛を演じた菅田将暉さんが今度は官兵衛を演じます。
 

 

 

晴れ コウノトリは、水田など人の暮らしの近くで観察できる鳥で、湖北地方では出会い頭で会うと嬉しくなる野鳥になります。
サイズが全長が約1.3mほどあってクチバシの長さは約25㎝、羽を広げると約2.2mもあるため、コウノトリが田圃にいると遠くからでも分かる大きな鳥です。

コウノトリは明治10年頃には全国で見られたのが、明治中頃から狩猟(駆除)や農薬の散布、田圃の乾田化によって生息数が激減し、1971年には日本の野生のコウノトリは絶滅したといいます。
その後、兵庫県豊岡市ではロシアからもらった幼鳥の保護繁殖によって、屋外放鳥・屋外繁殖が始まり、2025年には個体数が約550羽にまで回復したそうです。

 

当方が野生のコウノトリを見たのは14年前の2012年のことでしたが、当時はコウノトリの飛来情報があるとコウノトリを撮るために大勢のバーダーが集まっていたものでした。
個体数の増加によってコウノトリを見られる機会が多くなるにつれて、滋賀県ではもう珍しい野鳥ではなくなり、コウノトリ目当ての人が押し寄せることはなくなりました。

 

このコウノトリは最初、畦道にあった小さな物置の上で見つけてくれと言わんばかりのよく目立つ場所に留まっていたのです。
先月に出会ったコウノトリとは別個体のようですので、別の個体が入ってきているようです。
 

 

減農薬栽培をされているのか?畦道や休耕田には雑草が茂っており、コウノトリのエサになる生き物が多いのかもしれません。
滋賀県ではコウノトリの繁殖事例はないようなのですが、「絶滅危惧種」のコウノトリが頻繁に見られる自然環境にはあるようです。

 

 

コウノトリが糞を出したのを合図にしてカメラを構えたら、さっそく羽を広げて離陸を開始です。
“コウノトリが羽ばたいた風が当方の頬を撫でて!”なんてことはありませんが、田圃の長辺の距離でも大きな鳥なのでなんとか撮れます。

 

コウノトリはコハクチョウの離陸とは違って、2~3回羽ばたくと体が宙に浮きます。
体の重そうなコハクチョウだとドタドタ走りながら離陸するんですけどね。

 

もう飛行体制に入りました!
この後、高度を上げて青空バックで飛びます。

 

 

大空に羽ばたくコウノトリですが、飛んでくれたコースが良かった。
背を向けて飛ばれると何ともならないんだけど、同じ距離感で周回してくれる大サービスでした。

 

 

せっかくなので足環で個体を確認すると、2025年4月6日生まれのメスで、茨城県水戸市で生まれた個体(J0850)でした。

約1年前の2025年6月9日の巣立ちとされていますので、まだ1歳ちょっとの個体のようですね。