お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

一人ギルド

「ジェイとわたし」あるいは「ジェイとの対話」vol.2

1

わたし「その後、調子は?」
ジェイ「まあね。だいぶ寒くなってきたし、気をつけないとヤバイね」
わたし「こっちは毎日暑くて仕方ない」
ジェイ「こんなに冷えるのに?」
わたし「いまだに部屋の中じゃ、真夜中でも半袖のTシャツ1枚に裸足だし、明け方でも布団をはいじゃうし。完璧な更年期だね」
ジェイ「おいおい頼むよ、毛布くらい着てくれ。こっちはまだ死にたくないんでね」
わたし「そういう台詞聞いたことあるな。じゃ、なにかい、今回はバディものっつー設定なわけだ」
ジェイ「台詞でもなんでもいいけど、すぐに同情したり意気投合したらつまんないから」

2

ジェイ「ところで、一人ギルドはいつ終わるの?」
わたし「一人ギルド? ああ、ストライキのことね」
ジェイ「フリーランスがストライキしたって意味ないだろう」
わたし「実は、ずっとフリーランスの権利や人権について考えてたんだよ」
ジェイ「アメリカのライターズギルドじゃあるまいし。一人ギルドじゃ、切られておしまいだよ。ゴミと同じ。尊厳もへったくれもない」
わたし「フリーランスには何も権利がないっていうのは不公平すぎないか」
ジェイ「まあ、わかるけど。基本的人権なら憲法第11条で平等に認められてるよ」
わたし「[基本的人権の普遍性、永遠不可侵性、固有性]ってやつだろ。11番目に書かれるなんて人権侵害もいいところじゃないか。フランスなんかトップだぞ。だいたい憲法が天皇から始まるなんて異常な国だよ。天皇より先に人権を書けよ。こんな憲法は世界中見たって日本だけだよ。しかも先進国の憲法の中で一番薄っぺらなんだよ。中華人民共和国憲法でさえ日本国憲法よりいかにも人民のためにいいことがたくさん書いてある。但書きが多いのと現実は違う点を除けばだけどな」
ジェイ「それで一人ギルドのストライキか」
わたし「今年の春以前からオファーされてあてにしてた仕事を一方的にキャンセルされてその穴埋めもなし。それでその仕事自体が流れたのならまだ話はわかるが、実際は仕事そのものは生きていて、それどころか、わたしにキャンセルを知らせるより先に別な人間に仕事を振る確信犯的ダブルブッキングなんだよ。それもまったく知らないやつならともかく、知り合いの同業者だぞ。これで納得いく?」
ジェイ「ちょっとプラカードを書きたくなった」
わたし「ドヤ街の日雇いだって、その日の仕事にありつけなかったら、あぶれ手当てをもらえる。どうしてフリーランスの人間はいつも、1か0か、つまりオール・オア・ナッシングなんだ? そこを主張出来ないバラバラに存在する業界利権団体もおかしいだろう」
ジェイ「フリーランスにもあぶれ手当を! まあ、これが日本の社会の現実だよね。暗黙の了解事項に抵触したらアウト。ヤクザ社会と同じだな」
わたし「自民党が作った悪しき社会と言って欲しいね。飼い馴らされたしがないサラリーマンや公務員たちは、そういうことが1ミリも想像出来ないんだよ。無傷のまま勤め上げて退職金を手にしたい。そのためなら会社の言いなりにだってなる。そして晴れて年金生活」
ジェイ「残念ながら、君は年金生活すら望むべくもないしね」
わたし「あんな破綻した制度は要らないね」
ジェイ「一人ギルドは続きそうだな」
わたし「ぼちぼちストライキは解除の方向だけどな」

3

ジェイ「2050年には人口93億人だってね。君は90歳だよ。生きてたら」
わたし「他人ごとだなあ。君も今の病気のままゼェゼェ拍動を続けることになるんだぞ」
ジェイ「それは困った問題だ。仕事や食糧や住居はどうするんだ?」
わたし「アイザック・アシモフの短編『バイセンテニアル・マン』が原作の映画を憶えてるだろう」
ジェイ「ああ、ロビン・ウィリアムス主演の…『アンドリュー…」
わたし「『アンドリューNDR114』」
ジェイ「そうそう。テーマ曲をセリーヌ・ディオンが歌ってたね。『Then you look at me』あのバラード大好きなんだ」
わたし「ただのロボットだったアンドリューが自分の意志で少しずつ人間らしさを手に入れ、夢だった人間の女性と結婚までして幸せをつかんだ。でも、結局、彼が最後に欲しがったものはなんだ? 老いであり寿命なんだよ。『死』が彼の最大の望みだった」
ジェイ「そうだった」
わたし「そして、200歳で幸せそうに死んでいった。病院の二つ並んだベッドで、人間ゆえにふつうに年老いた最愛の奥さんと笑顔で手をつないでね」
ジェイ「あの場面はよかったな」
わたし「90歳でiPhoneやパソコンを使ってツイッターだのフェイスブックだのプログだのブツブツ書き込んでる姿を想像してみろ。友だちなんかみんなとっくに死んでるんだぞ」
ジェイ「なんだか早く死にたくなったよ」
わたし「それは困る。一人で勝手に死ぬなよ」
ジェイ「じゃ、今晩から毛布を」
わたし「だから暑いんだよ」
ジェイ「かみ合わないな」
わたし「うまくかみ合ったら、すぐ死にそうな気がするからいいんだよ」
ジェイ「そうだね。あ、かみ合っちゃった」

4

ジェイ「そういえば、昨日はサーティワンの日で、今日はポッキーの日で犬の日で世界一有名な猫の誕生日でいろいろあるね」
わたし「世界一有名な猫?」
ジェイ「キティ&ミミィ。違った? 君は35年もキティラーやってるんだろう?」
わたし「そういえばそうだったね」
ジェイ「ふと思い出したから」
わたし「さて、読書の秋だし、おすすめの本を一冊紹介して終わるというのはどうかな」
ジェイ「いいね! 君のリコメンデッドな一冊は何?」
わたし「そりゃ、もちろん『[新版]世界憲法集』高橋和之編(岩波文庫)だね。アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、韓国、スイス、ロシア、中国、そして日本の憲法が読める。基本図書だよ」
ジェイ「必読書だね。君はデスクの横に置いて、ずっと前からちょこちょこ読んでるね」
わたし「気分転換にね。適当に開いたページの条文を読む。面白いんだよ」
ジェイ「読書は一冊を最後まで必ず読み通さなくちゃいけないと思ってる人が多い」
わたし「本によっていろんな読み方のスタイルを持つべきだね。じゃないと世界なんて広がらない」
ジェイ「御意」
わたし「保証のないフリーランスなら、世界の憲法を読みくらべて、せめて自分の国の権利くらいしっかり勉強しておかなくっちゃな」
ジェイ「御意」
わたし「ん? バディものの設定なのに、さっきから意気投合してばかりでいいのか?」
ジェイ「まあ、今回はね。聞いてやった」
わたし「やっただと?」
ジェイ「気にすんな」
わたし「あれ?」
ジェイ「何?」
わたし「バレッタどこ置いたっけ?」
ジェイ「知らないよ」
わたし「さっきシャワーに入るとき洗面所で外して…」
ジェイ「どうでもいいよ」
わたし「よくない。思い出せ。髪の毛がまとまらないじゃないか」
ジェイ「少し黙ってくれないかな。考えがまとまらないじゃないか」

(続く)


【特別付録】

わたし「最近のyoutubeは頭に広告じゃなくてCM動画が入るのが増えて来たね」
ジェイ「さっき話してた映画の主題歌だけど、このセリーヌ・ディオンのPVもそうなんだよね」
わたし「動画をご覧になる方は頭のCMをスキップしてから見て下さい」
ジェイ「たまにスキップできないものもあるけど。英語の歌詞つきだから、何を歌ってるかよくわかるね」


紙魚の記憶を辿る

ハートのジェイです。

すっかりご無沙汰してしまいました。

別に死んでいたわけではありません。
「まあちよつと黄色な時間だけの假死ですな(宮沢賢治)」。



昨日のことです。

田中さんが旧い友人に会うことになったというので、私は楽しみにしておりました。
本人でさえ最後に会ったのがいつだったか記憶が定かではないようでした。

その友人、Mさんとお呼びしましょう。

Mさんは、グラフィックデザインをしているデザイナーです。
バンドでギターも弾く、スキン(革)好きでスキンヘッドのスリムマッチョという、ちょっと変わった本好きで、田中さんより年上の方です。

待ち合わせの時間に、指定された本屋のレジの前へ行くと、その独特の風貌の方が立っておりました。
すぐに、Mさんとわかりました。

田中さんの方から手を振ると、Mさんは田中さんの方に目をやり、眼鏡の奥で一瞬だけ記憶の中の姿と見くらべると、大丈夫(何が大丈夫なのかわかりませんが)と安心したように近づいてきました。

それはそうです。

田中さんは、私のおかげで、あの頃の田中さんとずい分、姿が変わってしまいましたから。
Mさんと出会うよりずっと前の田中さんに戻っただけとも言えますが。

本屋さんをエスカレーターで昇って行った途中の階に気持ちのいいテラスのある喫茶店があります。

田中さんとMさんはテラスの席に腰を下ろしました。

そして、旧交をあたためる間ももどかしげに話し始めました。
十月とは思えないポカポカした気持ちのいい外の空気の中で、ときおり互いに黙っては、森の木々ように建ち並ぶビルの谷間の景色に目をやりながら、話は続きました。

Mさんは、おもむろに手提げ鞄から焦げ茶色の外国製のビニール袋を大切に取り出すと、これをどうぞ、と田中さんに手渡しました。

袋を開けて驚きました。

そこに入っていたのは、かのダンセイニ卿の本だったからです。
ただの本ではありません。もう二度と入手出来ないかもしれない本です。

Mさんがこよなく愛していた蔵書の一冊です。女と言っても過言ではありません。
かつて、よく朝まで飲みながら本談義をしていた頃、Mさんの部屋の壁面いっぱいの書棚の中にずらりとダンセイニが並んでいた光景は、今でもしっかりと田中さんの目の奥に焼きついています。

それをプレゼントしてくれるというのです。
根っからドキドキしてるのに、私はもうドキドキが止まりません。

「田中さんなら大事にしてくれそうだと思ったから」

本を愛する人なら、その貴重さがわかるはずです。

1912年にロンドンで出版されたロード・ダンセイニの初期幻想短編集の一冊「驚異の書」です。
(ダンセイニの短編集は河出文庫からいくつか出ています。「驚異の書」は「世界の涯の物語」に入ってるので、興味がある人は探してみるといいでしょう)
1912年といえば、明治45年であり大正元年にあたります。

さて、もう四の五の言いません。
まずは、その書影を堪能していただくしかありません。

$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳

$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳

扉です。
$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳

「ケンタウロスの花嫁」のトップページ。
$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳

紙魚に喰われた背表紙。TとDとLの活字が好物のようです。
$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳

残念ながら、その芳しい匂いまでは届きませんが、まもなく100歳を迎えようとしている書物の匂いはどんなものか想像して下さい。

それぞれの物語に添えられた挿絵を眺めているだけでも飽きません。
ドーパミンの洪水に溺れながら、至福、眼福の極みです。

はじめてこの本を手にした所有者が、ペーパーナイフで一頁一頁、真新しいページを切りながら読み進んだ、その茶色く変色したふぞろいのギザギサの切り口がまたなんとも言えません。
昔の本は、化粧断ち(ページを切りそろえることです)しないアンカット製本のものが多かったのです。
だから読者は、好みのペーパーナイフで袋綴じを切り開くように読んだわけです。
こんな基本的なことは、アラマタさんたちがさんざん書きつくしてるので、興味のある人はアラマタさんを代表とする、もはや処置無しの書痴やビブリオマニア(愛書狂)たちが書いた本を読みましょう。

それにしても、いったい何人の手を経て、Mさんの手に渡ったことでしょう。
そして、Mさんから田中さんへと渡ってゆくという、書物とはまことに不思議な運命を背負ったものです。

Mさんには感謝してもしきれません。

田中さんは死ぬまで大事にしますとも。
私が一ポンドの左心室の肉と冠動脈を引き換えに誓いましょう。
私とともに田中さんがこの世から消え去り、また別な誰かの手に渡るそのときまで。

書物の命は永遠です。



ところで、我が家にある古い本を見てみました。

いちばん古いものは、1846年にパリで出版された挿絵本でした。
次に古いのは、1847年と1849年。やはりパリで出た挿絵本です。

それから、1918年にロンドンで出たダンセイニ卿の小さな戯曲集。

出版年が不明ながら、手彩色の図版が入っているところを見ると、やはり1800年代後期のものと思われるドイツの自然科学百科。

田中さんがいただいた1912年にロンドンで出たダンセイニ卿の本は、我が家で四番目に古い本として、本棚に収められることになりました。

以上は洋書ですが、日本で出たものでいちばん古いものはと眺めてみたところ…
1914年(大正2年)に出た曲亭馬琴の「近世説美少年録」がいちばん古いものになるようです。

くらべてみると、やはり当時の日本の印刷技術より、ヨーロッパの技術の方がはるかに優れていることがわかります。



さすがに、もう書物を栄養に生きている紙魚(しみ)はほとんど見かけなくなりました。

かれこれ20年ほど前、田中さんが古い部屋に引っ越したとき、三畳間の空っぽの押し入れから這い出してきた、立派に太ったやけに白っぽい一匹のプニプニした紙魚、それを見たのが最後です。

グーテンベルク以降、紙魚たちが書棚に並んだ書物の間を行き来しながら貪っていたのは、紛れもなく手間隙かけて作られた人々の夢や願い、知識や歴史、個人の記録や日記だったことは間違いありません。

今ならさしずめ、データを食い荒らすバグ(虫)かもしれませんが、なんとも味気ない時代になったものです。



Mさんと握手して別れ、帰宅する間、田中さんの頭の中に流れていたのは、サイモンとガーファンクルの「旧友」と「ブックエンドのテーマ」でした。

311の震災を境に、人々の考え方や生き方、人間関係ががらりと変わった、あるいはもともとあったもの(あえて見過ごしていたもの、目をつむっていたもの)がより明確な形になってしまったことを実感せざるを得ない、そんな昨今をお過ごしの方は少なくないはずです。

うわべだけの熱しやすく冷めやすいいい加減なものはいずれ淘汰され滅んでゆくだけです。

100年もの間、紙魚に夢や願いを喰われながら、それでもなお人の手から手へ渡り歩き、生き残って来た熟成された美味い酒のような一冊の書物、そのたしかな手応えこそが本物の証なのです。

私は、田中さんとMさんの再会のひとときを温かく見守りながら、同時に、ただ懐かしいだけではない、人生の季節の変わり目が長い時間をかけて再び巡ってきたことを告げているような気がしました。

それをおしえてくれたのが、来年で100歳になるこの一冊の書物だったのです。

偉大な質問になるためのワークショップ

さる日曜日、二人の俳優(一人は演出家で演劇カンパニーの主宰者)と会食しながら、ワークショップをした。

自分自身が「作家」の立場から仕切るのは、30年ぶりのことだ。

名づけるとしたら、テーブルワークショップ、あるいは、ハンドワークショップ・オンテーブルということになる。



ところで、

ワークショップという言葉をはじめて知ったのは、はるか昔(小学生か中学生だったと思うが記憶は定かではない)よく教育テレビで見ていた「セサミストリート」だ。

エンディングロールとテーマ曲が流れ、最後に英語で「セサミストリート(……)テレヴィジョン・ワークショップ」とクレジットが読み上げられる。

その「ワークショップ」の発音が妙にカッコよかった。

ワークショップ?
でも、ワークショップって何?

それがが最初だった。

次にワークショップという言葉が僕の前にあらわれたのは、寺山修司主宰の演劇実験室「天井桟敷」の公演だった。

1978年1月、晴海の国際貿易センターで上演された寺山修司・作演出「奴婢訓」公開ワークショップ、というものだ。

もうそのネーミングだけで脳味噌が知的好奇心でぱんぱんになる。
ドーパミンが無限に噴出してくる。

規模も機構もまったく異なるオランダのミクリシアターで上演する本公演の前に、国内で「試演」したのだった。

見に行って衝撃を受けた。
ドーパミンが際限なく脳内に溢れて、幸福に酔いしれていた。

17才、高校2年のときだ。
そして、その年に、はじめて寺山修司に会い言葉を交わした。

2年後の1980年には既に天井桟敷のスタッフとなり、自らワークショップを実践したり、カリキュラムを考えたりしていたのだった。

天井桟敷でいちばん印象に残っているワークショップは、1982年10月、最後の海外公演となったパリのシャイヨー宮、国立劇場での「奴婢訓」だった。

そのワークショップは、アリアーヌ・ムヌーシュキン主宰の「太陽劇団(テアトル・ドゥ・ソレイユ)」の俳優たちと、開演前のセットが組まれた舞台で行った。
お互いの日常の身体訓練やいろいろな演劇的要素を含んだ言葉や発声のゲームなどのトレーニング方法を交換し合い、双方の俳優たちが実践した。
そして、互いに白塗りの仕方(太陽劇団も天井桟敷同様白塗りメイク)やメイク用品(日本の白粉等)などの情報を交換し合ったのだった。

太陽劇団はシェイクスピア作品を上演することが多い。
そのときも、たまたまパリ郊外のヴァンセンヌの森の中にある太陽劇団のアトリエ、カルトゥシュリー(弾薬庫)で「リチャード2世」と「十二夜」の連続上演中だった。

俳優たちのワークショップが終わると、寺山修司が太陽劇団の俳優たちに質問した。

「でも、なぜ、今、シェイクスピアなんですか?」

若い俳優たちは、フランス人らしい彼らなりの理屈で答えていた。
22才の僕は、もうその光景にただ感極まっていた。

三度目に、ワークショップという言葉に出会ったのは、天井桟敷が解散した後、今はなき恵比寿ファクトリーというワンフラットな巨大空間で行われたピーター・ブルックのワークショップだった。



いずれにせよ、1970年代から解散する83年までを通じて、国内でワーシクョップという言葉を使い実践していたのは天井桟敷しかなかった。

ところが、今はどうだろう。
自治体も学校も幼稚園も行政も企業も習い事教室も劇団も、なんでもかんでも、すぐにワークショップという。
それこそ、猫も杓子も野田秀樹もワークショップだ。

日本ほどワークショップという言葉が曖昧に都合よく使われている国はそうないのではないか。

本来、ワークショップというのは、講師や先生がいてその人から何かを教わるものではなく(それは授業、セミナー、講習会、レッスン、教室といった別なものだ)そこに集った人たちがある一つのことについて頭を使い共に「思考」し、その「知」を共有することではなかっただろうか?

と、僕は、天井桟敷以降、社会に蔓延するもう一つの「ワークショップ」の光景を不思議に見つめていたのだった。



ワークとはまず「手」を使うことだ。
手を使うということは「脳」を使うことだ。

そこで、今回は最も基本的な「言葉を書く」というワークショップをすることにした。

「話し合う」のではなく「書き合う」のだ。

以下は実践したその方法だ。

〈1〉まず参加者がそれぞれペンの色を決める。

〈2〉白い紙(ケント紙でも画用紙でも模造紙でも)に、定められたテーマについて、ある様式に従い自分の言葉を書いていく。

(この日は、寺山修司の世界について語るというのが僕の役目だったが、ただ飲んで食べて話すだけではただの飲み会で知的興奮も刺激もないし面白くない。そこで「寺山修司」と「シェイクスピア」の世界をどう理解しているか、それぞれの言葉で「書いて」みることにしたのだ)

基本的には、ある世界(たとえば作家や作品やテーマ)を自分なりの四つのキーワードで構成し、そのキーワードから思考を広げてゆくというワークだ。

〈3〉書き終わったら、紙を順繰りに交換し合う。交換したら、人の書いたものに自分の言葉を同様のルールで書き込んでゆく。とくに書くことがなければ書かなくてもよい。

〈4〉一巡したところで、それぞれ自分が書いたものを見る。ちがう色のペンで書かれた言葉は他者が書き込んだ言葉だ。色が決まっているから誰が書いたかは一目瞭然。

〈5〉そこで「書き合った」ことについて、こんどは「話し合って」いく。

話し合った言葉は書き留めない限り、流されて(大部分は忘れ去られ)残らないが、書き合った言葉はいつまでも残っているので、忘れようがない。

これは、僕が書いたものを思い出しながら再現したものだ。
$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳
$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳
実際にはここに、僕以外の二人の言葉が書かれていて、赤や青が混じってごちゃごちゃになっている。

たとえば、学校のクラスで話し合いをもつ代わりに、机と椅子を片づけて、床に大きな白い紙を何枚か敷きつめて、そこに人数分の色のペンでそれぞれが話し合うべきテーマについて言葉を書いてゆき、つなげてゆけば、壮大な言葉と知の曼陀羅が出来上がるだろう。

そこから得られる「質問」ほど偉大なものはないはずだ。

国会の声を張り上げるだけの空疎な議論よりも、はるかに高次元な集合知を目指すことが出来る。



「書き合う」ことで、いろんなことに気づく。

たとえば、同じものを創っている、同じ方向を向いているつもりでも、実際は、そのテーマや作家について、一人一人がまったく違う考えや認識を持っていたりすることが、書かれた言葉の違いでわかる。

たとえば、いきなり「話し合う」場合は、声のデカい人間、立場の強い人間、ただの目立ちたがりの言葉だけがクローズアップされ、そこに収束していきがちだが、「書き合う」場合はその属性が取り払われ平等になる。
発言の多い声のデカい人間、立場が強い人間、態度がデカい人間が必ずしもきちんと漢字を書けるわけではない。
文字は記号であり、一種のユニバーサルデザインでもあるから、そのデザインの個性が人に与える印象は、実は声よりも強く残る。

その場で書かれた(書き合った)言葉は、たちまち客観化される。
発言と違い、そこにはいっさいの感情の起伏がない。

もはや、人は、たまに自分が後で読むために文字を書くことはあっても、他者に読まれることを前提として文字を書くことがない。
これでは伝達能力が退化してコミュニケーション力が落ちてもおかしくない。

ワーク=手業=脳細胞の刺激

多くの人間が加担し一つの目的に向かうとき、つい人は体デッカチに、理屈デッカチに、感情デッカチに、意味デッカチに、気持ちデッカチに、空疎な言葉のための言葉デッカチ(頑張る、前向きに、逃げない、うつむかない、後を向かない、負けない、あきらめない…等)になりがちで、そこにどうしても欠けてしまうものが出てくる。

それが「知」ではないだろうか。

もしも、今の自分がそういったところに陥っていると感じたら、ぜひ、このテーブルワークショップを思い出して欲しい。

自身の「知」を復興する、あるいは脳細胞に刺激を与え、思考する力と言葉の力を高めるきっかけになるはずだ。



情報格差をなくし、垣根のない質の高い集合知を得るためにはどうしたらいいか。

インターネットだけが特権的にそうした最新の集合知のよりどころだというのは幻想にすきない。

少なくともキーを叩くのは手業ではない。
それはただの作業にすぎない。

ネット上に氾濫するキーを叩いただけの誤字脱字・変換ミス(漢字を書けないのが原因)だらけの一見活発だが注意深さのない無責任な「書き合い」は、何も語ってはいないのだということを、きちんと見分けられるだけの、それこそ「知」が必要になってくる。



なによりも大事なのは、いつも「なぜ?」と問うことだ。

なぜ?

寺山修司は言う。

「偉大な思想などにはならなくともいいから、偉大な質問になりたい」

こんな子どもみたいなことを大まじめに言う大人は、後にも先にも寺山修司しかいないだろう。

そして、

寺山修司は偉大な質問になった。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>