2016年、今年は前年以上にブログを書く時間がとれず、
前回のBLUE NOTE JAZZのライブの続き記事もほぼ仕上がってるもの
あっという間に大晦日を迎えてしまいました。
今年を振り返った時、ボクにとって思い返されるのは、
ボクがこれまで触れてきた、70年代から現在に至るまで
あまりにも多くの偉大なアーティストが次々と天に召されていったこと。
年齢的にもみんなそれぞれそういった年齢になっていて
仕方ないとはいえ、あまりにも突然ニュースを聴くことが多く、
忘れられない1年になってしまいました。
本当はそれぞれで記事を書きたいくらいの人たちばかりなのですが、
主だったところを簡単にあげておきたいと思います。
◎ナタリー・コール(1950.2.6-2015.12.31・65歳)
(日本で年明け早々に報道)
偉大なジャズシンガーの父、ナット・キング・コールが
1965年に46歳の若さで他界しており、
父の後を追うというより、ポップなR&Bシンガーとして活躍してきた彼女。
しかし、1991年には父の大ヒットさせた「アンフォゲッタブル(Unforgettable)」を
単にカバーというより、父のボーカルとのデュエットという形でリリースし、
PVでも父の映像と共演する形で大ヒットを記録しました。
年明け早々のニュースだったこともあって大変なショックでした。
◎デヴィッド・ボウイ(1947.1.8-2016.1.10・69歳)
ちょうど昨年末、デヴィッド・ボウイが新作をリリースするとラジオで聴き、
リリース前から話題の作品「★(Blackstar)」からのタイトル曲、
さらにこの「ラザルス(Lazarus)」がラジオからオンエアされると、
静かなジャズサウンドに陰鬱としたムードのボーカル。
1月8日にリリースされたそのわずか2日後に彼の訃報を聞くとは・・・
ブログでも、1983年の全米No.1ヒット、
「レッツ・ダンス(Let's Dance)」をとりあげました。
時代の中でスタイルや音楽性を次々と変えながら、
唯一無二の存在でした。
◎グレン・フライ(1948.11.6-2016.1.18・67歳)
彼に関しては今年すでにブログ記事にしてますが、
高校時代からイーグルスサウンドに触れてきたものにとって、
彼がいないイーグルスはどうなってしまうのだろうと・・・
それでもドン・ヘンリーら残ったメンバーは活動を続けようと
しているようです。
◎ポール・カントナー(1941.3.17-2016.1.28・74歳)
60年代、ジェファーソン・エアプレインを立ち上げ、
70年代、バンド名をジェファーソン・スターシップと変えるなか
中心メンバーとして活躍してきました。
音楽性の違いで80年代バンドを去ったものの、
再びジェファーソン・エアプレインとして
バンドを率い続けてきました。
◎モーリス・ホワイト(1941.12.19-2016.2.3・74歳)
今年のBLUE NOTE JAZZ FESTIVALのライブで来日した
アース・ウィンド&ファイア。
そのステージ上に彼はいませんでしたが、
彼を振り返る映像が途中で流されると
感極まる雰囲気に包まれました。
来年必ずライブ記事を書くので、
その時に改めてモーリスのことを
振り返りたいと思います。
◎ジョージ・マーティン(1926.1.3-2016.3.8・90歳)
5人目のビートルズと呼ばれた、
ビートルズ作品のほとんどをプロデュースしてきた彼。
そしてこの「イン・マイ・ライフ(In My Life)」間奏での美しいハープシコードなど、
ビートルズサウンドの中に時に聴かれる彼の美しいアディション。
彼についてもゆっくり書きたかった。
来年実現できたらと思ってます。
◎キース・エマーソン(1944.11.2-2016.3.10・71歳)
◎グレッグ・レイク(1947.11.10-2016.12.3・69歳)
ロックキーボーディストとして、
シンセサイザーの存在を知らしめたキース・エマーソン。
そしてキング・クリムゾン、エイジアなど色々なプログレバンドで
活躍してきたグレッグ・レイク。
ドラムのカール・パーマーを加えた、
エマーソン・レイク&パーマーとして、
多くの名作アルバムを残してきた二人が
まさか同じ年に天に召されるとは本当に思いませんでした。
以前ブログでもこの「庶民のファンファーレ」を取り上げました。
◎プリンス(1958.6.7-2016.4.21・57歳)
去年のグラミー賞のステージで、
最優秀アルバム賞のプレゼンターとして登場し、
「アルバムって知ってますか?・・・とても重要なものなんです」
と語った彼。
その通り、ほぼ毎年新作をリリースし続け、
この新曲「バルティモア(Baltimore)」の収録されている
「ヒット・アンド・ラン・フェース2」も昨年リリース(日本発売は今年)
彼は精力的に活動を続けていると思っていました。
薬の服用に関する要因とありましたが、
人の命っていつどうなることかということを
本当に考えさせられるショックなニュースでした。
◎バーニー・ウォーレル(1944.4.19-2016.6.29・72歳)
Pファンクと呼ばれた70年代のファンクムーヴメント。
その中心的存在であり、
ファンカデリック、パーラメントといったバンドで、
多くのファンを魅了してきたとともに、
現在のヒップホップのネタ音源としても多用されたり、
ここ2年くらいのファンクな音楽の流行にも
ずいぶんと影響を与えてきました。
◎ピート・バーンズ(1959.8.5-2016.10.23・57歳)
彼の訃報にもびっくりしました。
妖しいルックスと独特の絡みつくようなボーカル、
80年代半ばからのユーロビートダンスサウンドの中でも
特に人気となった存在でした。
80年代、かなり彼のPVとともに思いだされる曲が多くて、
最近も活動を続けていたと聞いていたので残念です。
◎レナード・コーエン(1934.9.21-2016.11.7・82歳)
カナダの詩人、シンガーソングライターであり、
多くのミュージシャンに慕われ、その曲をカバーされてきた彼。
「ハレルヤ」も多くのミュージシャンにカバーされ、
今年リリースされたペンタトニックスのクリスマスアルバムにも
この曲がカバーされています。
そんな彼ですが、実は仏教に改宗していて、
日本人僧に師事し禅の修行なども行ったことがあるそうですが、
その分日本に対する眼が厳しく、
日本公演がついに一度も実現することなく点に召されてしまいました。
◎レオン・ラッセル(1942.4.2-2016.11.13・74歳)
本当に不謹慎ながら、
レナード・コーエンのニュースを聴いたときに、
最初に頭に思い浮かべたのがこのレオン・ラッセルでした。
もちろん「レ」しかあってないし、
孤高のシンガーソングライターという点では同じでも
音楽的には全く違う彼。
そのまさかがたった1週間後に起こってしまうとは・・・
彼の曲、「ソング・フォー・ユー(A Song For You)」は
最初カーペンターズのバージョンで知りました。
彼らの美しいハーモニーで知っていたこの曲の
オリジナルである彼のボーカルで聴いたときは衝撃でした。
彼は数年前にも日本公演を行っており、
地味ながら日本でもかなり愛されていたシンガーでした。
◎ジョージ・マイケル(1963.6.25-2016.12.25・53歳)
そして、ついこの間のクリスマス明け。
シーズンにかなりの「ラスト・クリスマス」を聴いていた後だっただけに、
よりによって、12月25日クリスマス当日に天に召されてしまったとは
本当にショックでした。
ブログでもワム!のナンバーはいくつも取り上げており、
また今年の年始には申年関連曲として、
彼の「モンキー」を取り上げました。
ブログではまだ彼のソロナンバーをちゃんと紹介できていません。
本当に素晴らしいソングライターでありボーカリストでした。
ここに取り上げられなかったミュージシャンも他に多く、
さらに同じ日本人として世界的に活躍した、
富田勲さん、中村紘子さん、
「上を向いて歩こう」を作詞した永六輔さん。
辛いニュースを聴くことの多かった今年ですが、
個人的には来日コンサートをたくさん見ることのできた
充実した年でもありました。
◎1月・シカゴ(パシフィコ横浜)
◎3月・TOTO(日本武道館)
◎5月・チャカ・カーン(ビルボードライブ東京)
◎9月・BLUE NOTE JAZZ FESTIVAL(横浜赤レンガ倉庫特設ステージ)
今、BLUE NOTE JAZZの記事の途中で止まってますが、
年明けに何とか記事が出せたらと思っています。
本当に纏まらない内容で申し訳ありませんでした。
そして、来年こそは多くの音楽、ライブレポートを紹介できるよう、
何より素晴らしい音楽に巡り合える1年にしたいと思っています。
皆様よいお年をお迎えください。