なんで懲役って表現したかというと、やりたくないことを我慢してやらなきゃならないと決めていた心境の期間だったからだ。


実はこのあと、大人になってから さらに30年以上もの懲役が待っているトラップには全然気づかなかったのだが。


さて ウチの家庭内での父の野望と夢は、借金まみれの資金で保有していた株価の暴落で、あっけなくその幕を閉じた。

僕はもともと 父が40、母が30の時の一人っ子で、父とはだいぶ年の差が離れていた上に、
まあ父の世代としてはかなり珍しい合理的な性格だったとはいえ、戦前生まれという価値観なので、父の言葉や威厳に 幼少の頃からなかなか鍛えられてきたと感じている。


その威厳の塊みたいな父が、まさかの株投資失敗でわずか二週間で大借金を負い、瞬く間に破産者となった。
母はもちろん激しく失望し、これで二度とウチは経済的にも這い上がることは不可能となったのだ。


当然ながら、僕も好きなパソコンプログラミング技術を専門校などで学ぶなんて可能性は当面はなくなった。

ただ本業である駄菓子の経営は、母の手腕で 子どもが嗜好する風紀教育上好ましくないゲームやマンガなどのジャンルを敏感に取り入れて上手くやっていたため、家族が食っていくだけならまあまあ、何とか維持はできるといった感じだった。

だがその反面、地区の保護者会(PTA)とか教育委員会から、風紀上好ましくない有害店、みたいなレッテルがイモ屋(我が家)に貼られていたようで、近所の学校では「あの店は風紀的に良くないから、生徒の出入りを禁止する」と各学校で通達が出されていたらしい。


それでもイモ屋に来るお客となると、やはりというか ますます不良生徒や、ヤバい精神状態の子どもや、モラル無視サイコパスタイプの「危なげ」な属性のお客ばかりが増えていく。
となると、まあ子どものお店のはずが、ますます怪しくてダークな雰囲気のたまり場的なイメージに強く染まりきってしまったのだ。

結果、店で万引きや恐喝事件も度々起きるようになり、客層も貧困寄りになるから利益もどんどん薄くなっていく。
そんな環境を皆が認識することで、学校やPTAはさらに「イモ屋出入り禁止令」を強化し、ウチの経営に負のスパイラルがますます勢い付くという悪循環。


そんな風にダークサイドに変化していく我が家の荒みように、母の気持ちも 次第に活力を失っていって、ふたりとも急に老け込みが早くなっていった気がする。


ということで、父ももう沈没してしまったし、どうにも這い上がる手が打てない。なんだか しばらく我が家には「シーン」とした諦めの空気感だけが、この時からは蔓延していった。


さて、そんな火中の息子、当の本人である僕は 相変わらず高校で人から逃げ回る毎日で、
プログラミングのカテでも、なんか同じ志を持つ仲間が誰もいないのもあり、気力や活力がだんだんと抜け落ちていってしまっていた。

そしてこの頃になって 気がつくとパソコン売場にたむろする中高生メンバーが知らず知らず増えてきていて、なにげにデパートの売場がPCゲームコーナーみたいに進化してきていたのだ。

いつのまにか、そこでは僕は一番古くからいる、初期メンバーみたいな立場になっていた(笑)


僕がデパートにたむろするようになってから、そういえばもう2年ぐらいの月日が流れていた。
この月日が、パソコンの基本性能やソフトウェア(まあゲームだけど)のスペックも徐々に上げていき、元々 単色画面に単音だけだったマイコンの世界が、だんだんとバーチャルリアリティの精度にも近づき始めていたのだ。


何となく、ほんの少しずつだけど テレビCMなんかでもパソコンの宣伝が行われるようになってきたり、パソコン関連の番組が放送されてきたり、雑誌でもプログラミング専門誌みたいな書籍が本屋さんに並び始めてきた事に僕も気づくようになってきた。

そういえば高校時代に、いくらPCが好きでも手も足も出ない僕のあがいていた環境の最中、
それほど好きという訳でもないし、珍しくて流行ってるからというだけの理由で、親からポンとパソコンをなんとなく買い与えてもらったという同級生がいた。


それは僕の心中で「世の中ってなんてむごいんだろう」と不公平な社会に疑問を持った瞬間だった。 


世界はなんて理不尽で不公平だと思った。
だけど、それも紛れもない現実。
でも、もうなんか どうでもいい。そんなことすらも。

とにかく早く、さっさと2年が過ぎ去ってくれて、この学校と家の往復の、閉塞感だけしかない時間をカットできる日を、ただただ待ち望んでいる、それだけを繰り返している日々だった。


この頃、関わってた年上の人達や一部の大人たちから、たまに「何かやりがいを見つけてみるといいね」などアドバイスももらったりしたが、
いやいや、、やりがいはPCがすでにあるのに、なにも進みようがない環境をどうやって変えたらいいんですか?


もう何もかもがネガティブだった。
それ以上、話が展開していかない。

僕にとっては、僕の問題解決にならない事を安易に提案してくる他人の「ひとごと感」が何とも言えず面倒に感じていた。
だったら、黙っていて欲しい、僕に干渉しないでいて欲しかったのだ。


ところで僕の生活にはまったく関係ないのだが、この頃 新谷かおるさんという作者が描いたマンガで、「エリア88」という空軍傭兵の戦争ドラマに僕は刺激を受けていた。

主人公である風間新は、大手航空会社のエアラインパイロットを目指して航空学校で訓練に励んでいたのだが、親友(だと思っていた)同級訓練生の神崎に陥れられ、中東の空軍傭兵として意にそぐわない契約を結ばされ、身柄を拘束され、突然傭兵部隊として兵役されられ、
それからは中東の空で傭兵パイロットとして戦わされ、契約解除になるか満期までそこらか出られなくなってしまった、という乱暴な話なのだが。


まあ何とも酷い話ではあるが、その風間は 兵役している間、苦渋の思いで望まない日々の戦闘に勤しみ、一日でも早くここから解放されたいとの思いで基地生活を過ごしていた、というそのストーリーとシーンに、妙に僕は共感してしまっていた。

当時の東西冷戦という世界の背景と、戦闘機という男子にとって興味深いカテゴリーの題材がさらに気持ちにマッチして、人間性の本性の部分も、なかなか深く考えさせられる漫画だった。


ま、という感じで 僕はこの時代のこの高校生活によって、親もしかり、身内もしかり、「人」というものが、いかに性悪説によって産まれ育ち、いかに本質ではないことを信じさせられて生きているのかを深く実感し確信した期間でもあったのだ。

ここで、僕自身が「人間不信症」となる原因と、人の見方、捉え方が誕生したわけだ。



ほぼ、この時期には目立った心境の変化や気づきなどはないが、だけど、そんな平行で単調な苦しさに耐えてきた懲役生活にも、ひとつだけ「おや?」と思える出来事があったのを、ピンポイントで強く覚えている。

もはや、僕が好きなPCのことや、個人的な嗜好的なことなどは一切口にも出さず、表現もせず、固く心に閉ざし続けていたこともあってか、
クラスメート(特に女子ね)には、ただの不潔で暗いだけの深海魚みたいな個体という認識を与えていたはずだった。


僕はクラスの女子全員100%の人が 僕のことを、汚くてクサくて暗いだけの有害物体だと認識しているはずだ、と考えていて、
自分は ここでは ゴキブリとか気味の悪い害虫か動物同等の存在でしかないのだろう、と思っていた。


これは そんな僕の高校生活の中の、ただの「ある日の一コマ」にすぎない、ごく ありふれたワンシーンだったのだが、

僕が昼休みに教室で なにかプログラミングの勉強をノートとかに(フローチャートといってプログラムの基本設計みたいなやつ)書いて、それを具体化するための命令語や 計算処理判断式を決めてはめ込んだりする作業を黙々とやっていると、
女子たちが僕を見て こんな内容のひそひそ話を始める(それを聞き耳を立てて聴いている僕もそこにいるわけだが)。



女子ひそひそ話群
「ねー またアレ(たぶん僕のこと)、なんか気味悪いことしてるよー」

「なんであんなことするのかなーほんと気味悪いよねー」

「ほんとほんと、汚いし臭いし気味悪いしーwどうして学校に来るのかしら」

「ねえー意味わかんないよねー、アレの周り掃除するときとかも本当気持ち悪いし勘弁してほしいんだけどーw w 」



もはや内心が傷つかないように「歪んだ自己防衛の方向に訓練されてしまった僕」は、こういう一連の女子達の発言を聞いていても、これが僕に向けて発言されたものだという自覚や認識を持ちながらも、
「ふんふん、なるほどなるほど、ほうほう」と 感情をまったく動かすことなく まるで他人事のように、自分のことを客観視しながら ただ情報収集のための作業の心境になって、自分自身についてアウトプットされたデータをひたすら集めている、みたいな思考プロセスになってきていた。


だが ここで 一人だけ主旨の違う発言をする女子の言葉を聞き分けた僕は「んっ?」ていう違和感を覚えた。その人を「Oさん」としておこう。


Oさん「でもさー、あたし、すぐそばを通ったり、廊下ですれ違ったりしたけどさー、別に全然臭くなんかなかったし、そんな言うほどのこともなかったよー」

女子群「えー、だけどなんか気味悪いじゃない?」

Oさん「別にあたし達に何かするわけでもないし、迷惑かけられてるんでもないから、特にそんな言わなくてもいいと思うんだけどなー」



僕としては「んんんん??」という感じのOさんの発言が、僕的には 反論してもらえて嬉しいとか、優しさに思えたとかの感情論以前に、

「なぜOさんは、自分にとって何のメリットもない反論や僕に対する弁護のような意見を、大衆の面前で吐き出すような不利な発言を行ったのだろう?」
という懐疑的な捉え方を僕の中に起こさせた。


でもまだ精神が未熟だった僕は、そんなOさんに、その後一瞬で興味を持つことになった。

窮地の環境で味方になる可能性がある、たった一人の人に出会えただけで、それを「好意」と感じてしまう心理だ。


とりあえず、そんな事が一回あっただけで、僕の中では 女子にも、中には理解しあえる人もいるのかも知れない、という感情を目覚めさせる出来事だった。