僕が中学から商業高校 情報処理科に進学する受験は、かなり真剣に勉強しなければ厳しい状況だった。
でも今までにそんな勉強なんか真面目にしたことがなかった僕に、父に授けられた「勉強のやり方」はこんなものだった。
「教科書に書いてあることを、全部残らず覚えろ」
という(笑)
んなムチャな、って思えたこの丸暗記法だが、
まあ理数系や英語を除いては まあまあ確かに一定の効果はあったように思えた。
とてつもなく非効率的で、とてつもなく脳機能のほうが逆に低下しやすい学習法だが…。
本当に効果のある 効率的な勉強法は、今ならたくさん開発されてもいるだろうが、
いま思えば 父にとっての成功法則は、独学による、ひたすらに孤独で 高い精神力を必要とする「修養」を伴う考え方に基づいていたんだなあ。まあ父は昭和一桁生まれなので、仕方ないと言えば仕方ない時勢なのだが。
ともかく、この時が父と家族にとって、最初で最後の「繁栄期」となった。
父の自己実現欲求と自尊心満足が 現実化しかけていた環境になっていたからだ。
そして父は、この時分から 僕や母にたくさんの人生の知恵や学びを与えようと とても積極的だった。
この時の父の教えが、今の僕の考え方にも(腑に落ちたものや、理があると思えるものだけ紹介するが)いくつか取り入れられ続けている。
その内容で簡単に例を挙げてみると、
☆学生がなぜ つまらない勉強をするのか
←つまらない事を一生懸命我慢しきれる人が、経営者にとってのいい人材になるから、それを大衆に訓練させて育てているのだ
☆就職してもらえる給料は、なぜ毎月一定額で、なんとか暮らせる程度に上限が決まっているのか
←労働者に一気にたくさんの給料を与えると その社員が有能であればあるほど、それを資本金にして、自分が経営者になろうと考えて、自分の会社から去っていってしまうから会社には損失にしかならない。だからギリギリ何もできない範囲でコマ切れに少しずつ渡すことで、何人も永続的に働き続けるしかないルールにして、会社は既得権益を保とうとしているのだ。
☆父の仕事(投資家)と会社役員と社員では、どの仕事が最も仕事のスペックが高いといえるか
←圧倒的に投資家。なぜなら 株式会社は役員と社員が現場で働いて収益を上げなければならない立場にすぎず、投資家は株式会社の「資本」そのものを提供する、最上級の立場になるから。つまり会社の社長はもちろん偉いが、その社長が言うことを聞く相手となる投資家はさらに立場的に偉い。
☆お父さんはなぜそんなに、いつも変わったことに興味を持って、誰もしないことばかりしようとするのか。
←相場の有名な格言に、こんな言葉がある。
「人の行く裏に道あり花の山」
多くの人と同じことをしても、多くの人の生活や環境や考え方を越えられることは絶対にない。だから父さんは誰も目をつけてないうちにそれを選び、そして必ず成り上がるのだ。
☆そうなると、多くの人とは気持ちがわかり合えなくならない?それは仮にお金に潤ったとしても、生きてて、孤独で寂しいことにならない?それって結局、幸せなことだと言えるの?
←お前たちのような「凡人」には、絶対にわからない世界がお金持ちの世界にはある。
なぜなら、お前たち凡人は「あり余るお金をふんだんに使ってみたこと」がないかいから、まだ世界に無知なだけだ。
この世の中では、実はお金でほとんどの悩みや苦しみから逃れることができるようになっている。
でもまだ金を持てないうちは、確かに孤独で、それを実現するまでの悩みや苦しみも また強い。だからこそ、それを目指す者には「精神修養」がまず必要になるのだ。
☆お父さんのいう精神修養って、いったいどんなこと?
←「仏教」だ。達磨、ゴーダマシッダルータなどの達観視した考え方を身につけること。
この世の真理はすべてが無我であり、人の考え方、捉え方に執着があるからこそ、怨念や怒りの感情が現れる。これを身につければ、悩み苦しみもまたその真実が「無」であることに気付くことができる。すなわち……
とまあ、こんな具合だ。
これ以上のレベルを再現すると どんどん霊界の思考に近づくだけなので、ここで中継はいったん割愛させていただく。
そんな理解不能な話のタイミングに進むとこで、母がいつも、口をついてこんな事を言う。
「でもお父さん、そんな事言うけどいつも癇癪(かんしゃく)を起こして、私たちをどなったり怒ったりしてるじゃない?(笑)」
父「だまれ!!!そんな事だからお前はダメなんだ!いいから俺の言うとおりにやれ!!!」
…といった感じに母が父の癇癪を起こさせ(笑)、いつもウチの夫婦喧嘩の口火は切られるというわけだ。
こんな調子が 何年間も、何十回も繰り返され続けて ウチはウチらしい生活が成り立ってきたが、他人事として見ていた僕には、もはやこれがだんだんコントみたいに感じるようになっていった(笑)
父は父なりの学びや人生観を持ち、それを信念として生きてきて、
母は目の前に起きたこと、経験したことしか思考に採り入れられない性質の人間にすぎず、
そんな二人が うまく生涯を添い遂げ続けるなんて、元々の相性がミスマッチなのに、あり得るわけがなかった。
というか 実子の僕が親の成り立ちを、こんな客観的に評価するのもまたアレなんだが。
まあ簡単にまとめると、父は 自尊心を発揮したくて、家族や回りに尊敬されたく、それを叶えるために富裕層の道を自らで(ここに共感する仲間は家族や親戚には誰もいないからね)孤独に選んでいたわけで、
母は たんなる女性だから 理性や知性が「ふつう」の感性でしか元々ないのと、
昭和初期の社会環境の影響をもろに受けていたために、それが合理的か効率的か本質なことかはあまり重要なことではなく、
重要なのは「誰かのために我慢、辛抱、一生懸命」に生きることである、という信念に突き動かされて生きてきた農家の長女というだけだった。
だから 母がなによりも大事にしていたのは、ただの家族愛と、家族への帰属意識。
そもそもの人生観がまったく相容れない他人同士の「別な魂」なんだから、そりゃ一生付き合ってようが、理解しあえるはずなんかないんだよね。
僕の高校進学のタイミングで生まれた、両親の経営生活と思考の著しい変化は、こんな感じの成り行きだったわけだが、
とにもかくにも、僕としては、、、
コロコロと変わるウチの台所事情と、親の表情や態度や心情の変化と夫婦喧嘩で各々の意見に子どもの僕が挟まれまくって、一体なにを信じればいいかも把握しきれないでいた。
とりあえずもう何でもいいから、僕のしたいことの邪魔をしないで欲しいなー、
…日々、という気分でしかなかった。