僕がいよいよ中3に進学したとき、ウチの家庭内での経営事情もまた 様々な要因によって揺れ動きはじめていた。
今回は、僕のことよりも 当時の家族内の心境や環境の変化にフォーカスしながら、少し話していく。
まずこの時の僕の状況を簡単にだけ説明すると、要点は高校進学をどこにするのかを決めるくらいだったが、僕はすでに「パソコンやプログラミング」の世界にもっと深入りしたい!
という具体的な目標や希望をすでに持っていたのと、実家が駄菓子屋で、父は個人投資家の商売人気質なことからも
なにげに PCやプログラミング、経理といった分野を選択するのがベターかな、という想いがあったので、商業高校、それも当時はまだ斬新だった、情報処理科(このとき公立高校で唯一プログラミングを学べる学科だったため)に注目していた。
そして両親も、この僕の進路希望には二つ返事で納得してくれた。
(きっと実家を跡継ぎする決意だと勝手に勘違いしたのだろう)
しかし、そのわりに 僕自身の中3時の学業の成果はあまり芳しくなく、実際 偏差値的には、情報処理科への進学にはちょっと厳しいレベルだった事があからさまになっていた。
実は父は、僕が中学に進学してから 母とは違う教育方針を僕に敷いてくるようになり、その時分から僕へ
「本当は学校の勉強なんかする必要はないのだ。学校をいい成績で出たらいい労務者になるしかなくなる。
お父さんは 労務者をいやというほどやってきて、これほどつまらん仕事はないと今までに思い知ってきたんだ。
だから、大人になったら必ず商売人になるべきだし、お前にはその商売人の気質が備わっている。
ただ、まったく社会人を知らずに社会に無知なまま商売人になることもまた無理な話だから、
だから 最低限高校だけは卒業して、自分の経験のために、就職と労務者になる修行だけは積んでおけ。
お前は、その頃にようやく ウチが会社として大きくなった時の御曹司になるかも知れないんだからな。」
当時、僕は父のいってる意味があまり良く汲み取れなかったのだが、
とりあえず僕にとっては「勉強はそれほど必死に頑張る必要はない」くらいに都合良く解釈していたので、
なんかこの時分からは 父さんなかなか話せるようになったなー、ぐらいの感覚に僕の中では浅い評価に変化していた。
という意識が強かったせいか、父の言葉の影響から、僕はそうとう学校の勉強をナメてかかっていたし、心底「ムダで無意味なもの」という感覚が心に植え付いていたため、勉強して成績を上げるという行為に すごく高い倦怠感を覚えてもいた。
しかし、なんで こんなダサくて恥ずかしいウチの駄菓子屋イモ屋の息子と その恥ずかしい経営者の親が「大きくなった会社とその御曹司」になるんだ?
まったくもって不可解な父からの疑問だらけのメッセージは、父の「個人投資家」としての才覚と、時が来ていた その時のタイミングに鍵があった。
この時代、父は密かに 株投資(投機)によって、一定以上の抜群な収益成果を上げていた時期だったらしい(推測するに、億近い含み益を稼いでいたようだ)。
この当時(1980年代前中期ごろ)の株式投資となると、まだIT化の波も、ネット情報通信のインフラも世間には皆無の時代だった。
父はそんな手信号なんかで株を売買してた環境で、近所の証券会社にひとり出掛けては、証券マン相手に 銘柄の売り、買い注文をつけて 個人投資家として、沸々と収益をあげていたと聞いた。
僕の高校進学と同じタイミングで、なんかいきなり変わってきた父の言葉や教育的な指針と知的な教えが相まって、
母も同様だが「お父さん なんか凄い人かも」というイメージが急に沸き上がっていった時勢でもあった。
そんな環境の変化からか、あれほど口うるさく言ってた母の「一生懸命、頑張らんといかん」という座右の銘が
急に「こんなボロ屋で、子ども相手のバカにされる儲からん商売なんかしてても、つまらんよね」
っていう 手のひらを返したような愚痴と不満の本心を、僕にもさらけ出すようになってきた。
これって 人が「可能性」を実感した時に、思考が急に変わりはじめる心境の変化ってやつだ。
そんなの、僕が前々から思ってたしずっと言ってたことなのに、母は それじゃいかんとか怒ってたくせに(笑)
それまでいつも、互いの愚痴や不満しか聞いたことがなかった親の夫婦喧嘩の中で、始めて僕に母が見せた父への「信頼」の態度だ。
ただ 父は、それに反して この頃から母をなじったり「お母さんはわからず屋だから、本当の話をする価値がない」などと 嫌悪感をあらわにする言葉もまた、父の口からは増えてきた気がする。
おそらくだけど、父の心の中には母に対して「今まで俺のことをないがしろにして支えなかったたくせに、金持ちになれると分かったとたんに手のひら返してヨイショしやがって」という ある種の失望感みたいな感情がきっと働いたんだろうなあ。
そういう急激な経営の流れの変化から、そんなボロ屋の駄菓子屋に ビジネスマンみたいなお客様が、ちらほら来客するようになってきた。
もちろん、父のあげたトレーダーとしての成果が引き寄せた父の客で、駄菓子屋にお菓子を買いに来た客なわけではない(笑)
お金の匂いを嗅ぎ付けられる人種が、新たな出会いを求めてやってくるやつだ。
父は急速に、それまでとは付き合う人が次々に変わっていった。
それまで定期的に挨拶回りをしていた母方の親戚回りでも、父は多忙を理由に欠席することも多くなり、さらには その親戚の叔父さんたちは
本来「なんて無礼な旦那だ!」と怒るはずのところが、「自分も投資で儲けたい」と、逆に向こうから父にわざわざ会いに来るという始末だった。
人って、ほんとこういう単純な切っ掛けができただけで、いとも簡単に態度が切り替わるんだなあ。。
取り急ぎ、父は僕が高校に進学したタイミングで、とてもビジネス感度の高い昭和の個人投資家として、その立場と威厳をたちまちに手にいれて、周囲にも大きな影響を与えてしまった、という ミニサクセスストーリーなお話。
そこからの僕と家族の人生は、
さあ、さあ まさかの飛躍的な人生に……!!
…となっていたら、
いま僕はこの年になって、こんなブログなんか書いてないよ(笑)