この時代は、心の荒んだ家庭内暴力や少年少女の凶悪化が日本中でブーム(?)となってきた、 昭和57年~昭和後期。

それに反して、日本の経済成長事情が 世界的に見てトップクラスのレベルに延び上がってくる時代でもあった。


資本主義経済が、これから10年ほどの時間をかけてピークに向かおうとしていた矢先に、
僕ら団塊ジュニア昭和40年代世代は 目先の働き手~売り手市場の大事な労働要員として、学校でのハイスペックな労働者生産工場のパーツ育成教育が行われていた真っ最中と言える。

もちろん、当時中坊の僕は そんな国策の事なんかは全く無知な、ただ田舎に住んでて、日々をどう難航から逃れるかに翻弄されてただけの坊やだったが。


さてさて、

そんなわけで 学級生活だけに限って言えば、それほど苦境でもなかった環境に恵まれたものの、
ウチの駄菓子屋(通称 イモ屋)の集客環境のせいで、学校全体での不良先輩との繋がり機会のほうが抜群に増えまくってしまったという 思いもよらない罠と展開にはまった僕は、

また新な苦難と立ち向かう羽目になった。


この頃、僕は親に

「どうして僕の家は、こんなイモ屋なんて、人からバカにされる商売なんかやってるの、
おかげで中学校で不良先輩から絡まれたり、からかわれたりして 毎日すごくしんどいよ」

と、心からのクレームを申し立てたが、

それに対しての母と父の意見というか 回答は、それぞれ以下のようなものだった。


母は
「お前はそうかも知れないけど、じゃあ そんなみっともないって思うお店と仕事が毎日あるおかげで、
お前もお母さんたちも、毎日健康で腹一杯ご飯が食べれてるし、お前も満足に学校に行けてるんじゃないかい?
こんな仕事でも もしなかったら、お前もお母さんたちも、こうやって無事には生きていけてないんだよ?だからむしろ感謝すべき事なんだよ?」


といった意見。
この件について、対して父は、

「お前がそう思うんなら、お前が自分でこの店を作り替えればいいじゃないか。
お前はどうしたって、この家の一人息子で跡取りなんだから、
自分でどうやれば満足いくかを考えて、それが自分でできる人にまずなれ。 

中学生の分際で、いくら不満を切ってもお前はまだ自分じゃなにもできないじゃないか。

そもそも、お前にはガッツというか、ファイティング精神が足らんのだ。
そんな愚痴言うヒマがあるんなら、格闘技でも習いに行かせるぞ。

それがイヤなら、しっかり店を手伝って、イヤな事をする相手にはイヤだとハッキリ断って、それができるようになれる勇気を持つための精神修養をやれ。環境に負けてばかりいるな!」



こういうのを慣用句で「ヤブヘビ」と言うらしい。
解決しようと打ち明けたことで、余計なヘビまで新たに飛び出してきてしまう展開をそう呼ぶ。


親と僕とでは論点や支店が そもそもまったく違った。

とりあえずというか、両親は僕の悩み事の意図をまったく理解も共感もしていないことが読み取れた。
それだけは、両親に悩み事を相談してみた結果 ハッキリとわかった事だ。



それを中1でしっかり理解できた僕は、それ以来 大人に悩み事を相談してはならない、と無意識に確信するようになっていった。


むしろそれよりも、六年生の時に Tくんを策略によって黙らせた 自分自身の思考能力を信じるようになってもいた。

そんな感じで、僕はこの頃から「防衛のための嘘」を造り出す能力が 急速に長けていったのかも知れない。


このとき、やむにやまれず 僕は不良先輩たちのグループに、なしくずしに
「こいつはイモ屋の息子だ、コイツ中々使えるヤツだ」と紹介され、次々に接収されていく事になった。


それからは、この現実の流れに逆らえば カツアゲ、暴力、いじめの標的となる事は時間の問題だと悟った僕は、
あえて そうなる「前に」自分から不良グループと うまく付き合っていくしかない、と覚悟した。

先輩が「カネよこせよ」と言えば、ウチから店の売り上げのお札をちょろまかして盗んでは献上し、
先輩が「お前もタバコぐらい吸え」とそそのかされれば「はい」と素直にタバコも覚えていった。
(いまでもタバコがやめられなくなったのは、こんな若い時から喫煙してた脳内物質分泌の影響がかなり濃いはず)


基本的に、不良グループのルールはマフィアの掟と、あんまり変わらない。
ただ、僕自身は 内心では不良グループと付き合うのはとてもイヤだったし、

表面では忠誠を誓ってるフリをしつつも、内心では イヤでイヤでたまらないという思いが、きっと不良グループから見た僕の「波長」として、
彼らからは微妙な距離感として感じられて、いつも拒んで見えてたに違いない。


だからなのか、彼らは「本心からは同調、同化しない僕」に対して、なんか面白くねーヤツ、的な感覚を抱いてたに違いないのだ。

おそらく、店の売り上げ金を ちょくちょく上納していた経緯もあってか、
先輩がたは 僕が予期していたほど キツい縛りも激しいいじめも、僕に行うことはなかった。


ただ、この生活の流れは、本来の僕自身に波長が合うはずの友達にとっては、正直うまいものではなかった。


「不良グループと付き合いがある、いっけん真面目そうに見える不思議なヤツ」

というフィルタを通して、僕のことは周りにそう思われていたはずだ。


なのでなんだか、僕はだんだん友達関係についても、次第にもう別にどうでもいいかな、って感じに思えてきてたな。