有能って? | ハートフルコーチ~ふくちゃんの活動日記

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こんにちは、ハートフルコーチのふくちゃんです。

 

このところ、やっと秋らしくなった。

夜は虫の音が響いている。

 

今日は数日前、ふっと思ったことについて書こうと思う。

 

有能について

 

私は「仕事ができる」人にあこがれてるんだな~ということが分かった。

そして、仕事ができる人=有能な人、と思っていることも。

 

私は自分が“そこそこ”仕事はできると思っている。

無能ではないとは思うけれど、有能か?と聞かれると

はいそうです、とは思えない自分がいる。

 

先日仕事で大失敗をしたときに

助けてくれた友人がいる。

本当に困って「助けて~~」と叫んだら(LINEだけどね)

夜中に起きてきて、助けてくれた。

 

私が凍り付いてフリーズしていた時にも、

せっせとうまくいく段取りを整え、

物事を前に進め、周りの人をホッとさせてくれた。

頼りになる。

 

こういう人のことを、世の中では「有能」って呼ぶんだろうな。

私には到底、ああはなれないなぁ~~と思った。

 

誰もが認める驚くほどの有能ぶり

 

その2日後にお世話になったその人と会い、

話をした時に、私は「有能」にあこがれてるんだと自覚した。

 

私がその時感じた「有能」は

生産性があって、物事を前に進められる、

問題解決力があって、その力を人から「買われる」というのかな、

報酬を払ってでもお願いしたい!と思えるような能力。

 

彼女は、報酬をもらってお仕事もするが、

無償でもその力を惜しみなく人のために使える。

もちろん、今回助けてくれたこともそうだ。

 

朝から夜まで、休む間もなく(と私には見える)よく働き、

日本全国を飛び回り、仕事もボランティアもやる。

 

私は新幹線のチケットを買って乗るだけでも、

珍しいことで、ドキドキしてしまう。

そのことを彼女に言うと、

 

それはやってることの質が違うだけで、

ふくちゃんは、自分の身近にいる人たちのために

十分に力を尽くしているじゃないか。と言った。

 

彼女は自分にできないことを私ができるといつも言う。

確かにそうだとも思うし、私が自分がやっていることを誇りに思うが、

それでも、なんだか、自分での評価は低い。

それは、生産性があること、人から報酬を払ってでもやってほしいと

思われるぐらいの能力があることが「有能」だという思いが

私の中にあるんだな~~ということに気づいた。

 

その一方で、その「有能」な彼女が

私も立派に仕事してるよ、と言ってくれたことで

いろんなこと(特に新しい事)が

チャカチャカできない自分でもいいかな、

と少し思えた感じがした。

 

彼女のようになれるとも思わないので、

目指すところはそこではないが、

私って仕事がバリバリできる人にあこがれてるんだな~~というのがわかって

ちょっと面白かった。

 

私はどうなりたいのか?

今年の1月から探求中。

その人からいわれた「身近な人」というのは

一つのキーワードだということも改めて分かった。

 

自分と違う人と出会うことは、自分を知る一つの手がかりだ。