冬至ということで
朝かぼちゃを茹でて
お餅を入れて
こしあん買っておいたのを使ったから
お弁当作りながらでも
簡単に仕上げたんだけど
時間ないっ!
とかいって
食べて行かなかった娘
月曜の朝に余裕があったことなんて
記憶にないけどさ
せっかく作ったのになーって
ちょっと悲しくなった
いつまでも作ってあげられるわけでもないのに娘の中では日常すぎて
こんな一瞬はどうでもいいんだろうな
私は人生の大半を生きたから
ひとつひとつが大事になってしまって
取りこぼしてしまった時間を
埋めるみたいに向き合ってしまうから
さらっと流せなくなってるんだろう
感覚の違いを押し付けることは
お互い不幸なだけ
仕方なかったと割り切る
そのかわりダンナが
美味しい美味しいといって
食べてたから良しとする
今度とオバケはみたことない
そう
おばあちゃんから言われたんだ
また今度なんてないんだと
そう
その時を逃したら同じときなんて
どうあがいても取り戻せはしない
人生やり直せるとかいう人もいるけど
タイムマシンがないのだから
同じ時を戻してやり直すことは出来ない
若い時某和洋菓子店にいたから
年中行事ごとに仕事が進んだ
もちろん仕事内容は前倒しで進むけど
例えばクリスマスとかアイスの日とか
お盆に鏡開き、節句とか祭り事
あずきや洋菓子がからむ行事は全て
書き込まれていた
次々あるもんだなぁなんて
思ってるうちに1年が過ぎた
昔の人たちが大切にしてきたことの
意味を考えることもなく過ぎた
あの頃の私は今の娘となんの違いがあるだろう
そう思い始めたら
少し昔の人にならって
季節ごとの行事を大切にそして
楽しんでもいいなと思い始めている
でもちゃんとしたおせちは作らないだろうな
孫が出来たら考える笑
で、今日は冬至なんだけど
少し前に冬至点なるものを知って
夜中お祈りした
お祈りというか瞑想というか
心を軽くする時間を過ごしてみた
より大きなもののために
私の欲望や願いは最小に思い込もうとすることで得ようとする浅はかさも認めつつ…それでもより私より公を先んじて思いをはせる
聖人でも神様でもないから沸いてくる思いが欲まみれなのはしょうがない
そんなこんな思ってたら夜中の1時半
スマホの充電を忘れアラームが鳴らず
30分寝坊
なのにかぼちゃを茹でる私
意地でも作ったる!
ってなことがあって
お昼次男から電話
就職先決まったと
うれしいやらさみしいやら
いや良かったんだけどね
おかけで
忘れられない冬至になったよ
みんな元気で
世の中平和で
与えられた命を育てきって
全ての人たちが幸せであるように
追記
学校から帰ってきた娘は
お友達と冬至の話になったそうで
言ってよぉ
何回も冬至の話したのに
朝食べていかなかったんじゃーん
ごめんなさーい
もうないのー?
無いよ
えー食べたかった
食べんの?
出来るの?
出来るよ
作ることがめんどくさいより
食べさせたいが勝つ
かぼちゃはある
でもあんこがなくて
近所のお店に速攻走って
買ってきて作った
これでさらに忘れられない
冬至になった