今不登校って言うのが主流だけど
登校拒否が使われてた時代があった
学校に行けない、行かない理由は
人それぞれで一括りに出来ないと思うけど
言葉のニュアンスでそのイメージが
違うものなんだなと思う
拒否ってすごく
断固いかんぞ!みたいに
強い意志があるようにも聞こえる
不登校はなんかメンタル的に弱くて
行けないみたいに聞こえる
でもなんの根拠もない勝手なイメージなんだけど
それで言うと
娘の場合は登校拒否に近い
娘以外でも目的のために行かないことを選択したケースは何人か知ってる
娘は転学し大学を目指している
辞めたのは人間関係
ざっくり言って
ここにいたら目的が果たせない
っていう判断
もちろん策は練ったしあれこれやった
簡単に出した結論ではないが
心決めてからは早かった
夢があってそのために
学校を辞めた子たち
それを支える親たち
真剣に向き合う姿勢に
愛情を感じてきた
ちゃんと学校に行くという
そのちゃんとってなんだろう
私はいじめを経験したが
学校に行かない選択肢のない時代を過ごした
根性論じゃないけど
だからこそ学校へ行けみたいな感じで
変な勝ち負けを押し付けられていた
今思うと
自分はどうしたいか?
という思考はそこにない
考えないってとてつもなく教育上問題じゃないのかな
26歳のとき
あなたはどうなんだ?
あなたは意見がないのか?
と欧米の方々に言われた経験が今も心に残っている
空っぽな自分が情けなかった
26年なにしてたんだと
思考停止してることにすら
気が付いてなかったってことに
気がついた瞬間でもあった
子どもが学校を
辞めることにしたときは
がっかりじゃないけど
不安や心配が1ミリもなかったなんてことはない
だけど
本人が決断した、決断出来たんだよ
それだって勇気がいることで
私からしたらすごいことなのよ
親目線オンリーの
学校行きなさい
学校なんて行かなくてもいい
それはちょっと待って、と思う
子どもなりの考えや思いを少しでも
わかってじゃあどうするって
一緒に悩んでみても良くない?
でも大丈夫よっていう最大のバックボーンたる親になれたらと思っている
親がぐらついてたら
子どもも親を頼れないし
大丈夫って思えない
まあそれでしっかりした子どもになる可能性もゼロじゃないけど
未来は誰にも見えない
私の予測出来る未来なんてたかが知れてるのに
やたら不安材料並べて
子どもにこんなことで将来どうするの?ってつめよるのは得策じゃないね
これも経験で思ってることなんだけどさ
こうじゃなきゃダメみたいな
それを真に受けて育ったけど
いつしか
それ以外は全部ダメなの?なんで?
答えを自分から探しにいくようになってからが人生始まった気がする
決して早くはないが
自分にはそのタイミングしかなかったんだろう
思った通りになる
思った通りにならないって言った人の人生は思った通りになってない
ってことは結果思った通りになってるって話を聞いて
うん、やっぱ大丈夫って思った
いや、むしろ思った以上に良いよ
私みたいに自分でなんとか大丈夫と
思うしかなくて辛い子がいたら
大丈夫あなたは守られてる
って言ってあげたいね
それくらいしかできなくて申し訳ないけど生きて欲しい
生き抜いて欲しいのよ