こんにちは
ハートコーディネーター 松山カイトです
今日は、桃の節句ですね
我が家も娘がいるので、数日前に和室に小さなおひな様を飾りました
娘は毎年、楽しみにしてくれています
これを見ていると、娘の将来を考えるのは私だけではないと思います
巷でも、おひな様の仕舞う時期について話題にあがりますが
本当のところどうなんでしょうか?
諸説あるのかもしれませんが、その時期を決めるにあたり
「将来、結婚が・・・」とか「娘の幸せが・・・」なんて声を
合わせて聞くからなのだと感じます
実際、昨日も仕舞う時期の記事を目にしました
そんな中、我が家においては実はマイペースなんです
息子の端午の節句でもそう、正月飾りもそうです
昔からの風習など時代が変われば少しずつ変化していくのを
子供の頃と比較しても感じますよね
豆まきは今は外に向けて投げず
家の中に向けてだけ「福はうち」と
しかもゴミを考慮し落花生で
正月飾りも車に付けて走ってるのを見る機会がほとんど無かったり
鯉のぼりを高く掲げているお宅を見る機会も減ったり
最近はお墓についてもそうだと聞きます
お墓の場所の関係でお墓すら購入せず
お寺さんに供養してもらうようにしたり
埋葬という形を残さず散骨という手であったりと
時代によって様々変化していることは必ずしも悪いこととは思いません
それぞれにあった方法や手段に則ること
それも進化と呼べるのかも知れませんね
それぞれを選択するのは自由で正解はないとも感じます
「自己の成長」においても実は同じように感じることがあります
マンガは今や文化として根付いていますが
私は小学生の頃から「マンガなんて読んでも何1つ学ぶことはない」
なんて親に言われたものでした
それから自身は読むことはないのですが
その考えでずっときた自身としても
学生時代に週刊○○を読んでる同級生達に共通の話題は無かったし
社会人になって電車で読みふけるビジネスマンを見ていて情けなくなる感情もありました
しかし、今やマンガは文化という事以上に
世間で必要とされているんだと感じます
その1つに、書店に行けば「もしドラ」で流行ったシリーズが
今や棚いっぱいに種類を揃えてビジネス書に堂々と並べられているではありませんか!
「7つの習慣」においてもそう
最近は「マンガで読みました」という方が増えてます
こうして、何かを学ぶためのハードルを低くする1つのツールとしても
成り立っていることは進化と捉えて良いと考えてます
時代にあったやり方、そんな柔軟性こそ必要な時代なのかもしれません
