「俺を殺したのはお前だろうに」

「……悪いって、思ってる」


ああこれは夢か。夢であればいい。ぼんやりとした視界でぼんやりとした脳でぼんやりと考える。足を組み尊大に腰掛けるのは幼い自分自身。僕にまだかろうじて来ていない変声期をとっくに終えたのか、その声は僕の声の雰囲気を残しながら明らかに低くなっていた。僕は目頭が熱くなったのをこらえるようにぎゅっとまぶたを下ろした。


「いつか、もう一度きみと生きたいな」

「無理な話だ。俺はもう死んだんだろう」

「死んでない。きみは俺と生きている」

「感化されてんじゃねえよ、あんな男の綺麗事に」

「彼を悪く言うのはやめてくれよ」

「事実だ」


幼い僕は椅子の上に立ってくるりと一回転した。「危ないよ」と声をかけると「それもな」と笑われる。「それも綺麗事だ。お前はこれが夢だとわかっているのに」ああ、そのとおりだ。幼い僕はもう一度回り、さらに半回転して僕に背を向けた。


「可愛い可愛い女の子として生きて楽しいか? ……おっとォ、お前は馬鹿な姉のせいで中途半端なキャラクターで生きてるんだったな。かっこいい男勝りな女の子。楽しいか? 楽しいだろうな。だってお前が望んでやってるんだもんな。自分を捨てて、俺を捨てて」

「……僕は」

「そのくせ、あっという間に馬鹿に感化されて」





(途中)

「やっぱりさみしい?こんなところにいるの」


そんな問いに首を振る。結芽(ゆめ)はそっか、と不安そうに笑った。


「でもこんな田舎、閉じ込められてるようなものでしょ?」

「そんなことない。田舎、好き」


そう言っても結芽はやっぱり不安そうに笑った。

そういえば結芽はここを出ていきたいのだと言っていたような気がする。ここがあまり好きじゃないのかもしれない。だから、わたしがここを気にいってるはずないと思ってるんだ。良いとこなんて何もないただの田舎と思っているから。


「わたしはね、結芽」


大丈夫だよ、結芽。


「わたしはここ、好きだよ」


大丈夫、わたしはいなくならないから。

この場所に結芽を独りにすることはないから。


みんながここを田舎だと言ってはなれていく中、ただ一人になっていくのが寂しかったんでしょう。




 白くぼんやりとした光がちらちらと視界を遮る。重い息を吐くと目の前がゆっくりと沈んでいくような錯覚に陥った。胸の奥が苦しい。目の奥が苦い。喉からあふれそうになったのは言葉にならない叫び声。

 いっそ叫んでしまえれば楽だったかもしれない。

 叫んでしまえばこんな視界不良も胸のつっかえも消えてなくなったかもしれない。けれどできなかった。声を出してしまえば、降りつもる異常を取り除いてしまえば二度と許されなくなるような気がした。ただでさえ許されないことをしたのに、自分ばかりが楽になってしまえば、もう、二度と。

 あー、と。

 息を吐くように声を吐きだした。

 あー、あー、あー。

 きこえますか、なんて言ってみる。届かない言葉を言ってみる。ゆるしてください。そう言おうとして、けれど何も言えず、空を仰いだ。満天の星にはほど遠い、汚い夜空だ。醜い夜空だ。す、と目を閉じる。


 死んだ人は星になるなんて、誰が言い出したのか。

 ならきみもそこにいるのですか。

 きみもそこにいるのなら、聴いてください。

 許される気なんてありません。

 ただ、聴いてください。

 きみが好きだった歌を聴いてください。


 ゆっくりと、息を吸った。





(きみが好きだと言ったぼくが、きみに届きますように)




 こんなところでぐずっていたってなんにもならないことは知っていた。それでも動き出せないどうしようもない自分がいる。はやく動け、走れ。そう思いながら動き出せないどうしようもない自分がいる。

 遠い、遠いなあ。

 しずかにまばたきをすると紫がかった空にぽつぽつと浮かぶたくさんの星が目にうつった。けして満天の星空なんかじゃない、けれど美しいと言えるほどの星たちだ。彼らにかこまれた月は少しほこらしげに光を放っている。

 遠い。けれど、行かなきゃ。


 心臓を鳴り響かせ、俺はようやく走り出した。




そこでってて

(今すぐ行くから)

「殺さないでください」

 すがるような目だった。

「殺さないでください。お願いします。助けてください」

 ふるえる唇をよく覚えている。

「殺さないでください。殺さないでください。殺さないでください」

 組まれた指と頬を伝う涙はとても醜かった。


 僕は彼女を殺した。


「天使にはなれないよ」

 ああそうかいと投げやりな相槌を打った。

「天使にはなれない。神様にもなれない」

 でもね、と彼女は笑った。すべてを見透かすような無垢な瞳で僕を突き刺しながら笑ったのだ。

「天使にも神様にもなれないなら、悪魔になってしまったって構わないと思えるの。だって人間は、醜いものね。人間でなんて、いたくないものね」

 今度は彼女の番なのだと、僕は悟る。


 いずれ彼女は僕を殺すだろう。


 彼女は何度でも死に、何度でも生まれ変わる。そのたびに僕は彼女とともに呼吸をし、心臓を鼓動させ、そして彼女を殺すのだ。だけどそれももう終わるらしい。今度は彼女が僕を殺し、僕が生まれ変わる番らしい。

 彼女は人間が嫌いなのだろうか。ふとそう思った。

 今回はたまたま、人間が嫌いだったのだろうか。それとも毎回人間が嫌いだったのだろうか。逡巡し、そして脳に新たな決めごとを一つ刻んだ。彼女が僕を殺す瞬間、彼女に聞いてみるとしよう。

 死ぬ瞬間にだって楽しみは必要だ。ゆらりと頭を振って口元を綻ばせると「どうしたの?」と彼女は天使のような笑みを見せた。僕は「なんでもない」とみすぼらしい笑みをつくった。



つくたび生まれわる



つまりは紙メンタルたち