雨が降ってても、虫は鳴くんだな。


学校の帰り道、柔らかな音色が、道路の端の木々の中から私に届いた。



いつも通り5時半に起きて普通に学校に行った朝。


電車の中で何となく眠れず、到着駅の2~3駅前になってようやく意識が途切れ、


浮上した時には完全に寝ぼけて、何で成田なんだろう、と思った。


・・・寝過ごして折り返してきちゃったのかな。


数秒間を置いて覚醒して、まだ朝だったのか、と電車を降りた。


寝ぼけて私はもう帰るんだと思っていたので、ものすごい倦怠感だった。



昨日すべってこけたので、駅を歩く時は気を付けた。


バスの中で、「警報が出ている」という話が聞こえ、


この程度の雨でそんな訳ないだろ、と思い、


教室の戸を開けたら「警報出てるよー」



・・・ホントに出てたのか。


HRのチャイムが鳴っても人数は半分も揃わず、担任の先生は教室に入ってきて第一声が


「あぁー、こんなにいるのか」


いちゃ悪いのか、と学校休めばよかった皆は同じことを思ったと思う。


10時になっても警報が晴れなかったら休校と言い残され、私達は教室待機になった。


私は美術室に遊びに行って、友達が貸してくれた漫画を読みながら、そこでずっと過ごしていた。


これを読むために、私は今日学校に来たんだ・・・と思うくらい、その物語の中には大好きな人達が住んでいた。



放送で、「廊下に出ている生徒は教室に戻り、静かに自習してなさい」と、教頭先生の声が流れた。


「無理だろー」と、美術の先生。


先生がそんなこと言っちゃっていいのか、と皆で笑ったけど、


でも教頭先生も立場上言わないといけなかったんだろう。


「しないよ皆」と、美術の先生が呟いて、大笑いした。





結局警報は晴れず、私は漫画を借りて帰宅となった。


これを打っている今も、印旛と香取と夷隅に大雨警報、千葉中央には洪水警報が出ている。


もう、雨の音は聞こえないのに。





帰りの電車の中で、扉に小さなバッタのような虫がくっついていた。


きみは、土の上で、草の中で、生きるために生まれてきたんじゃなかったの?


自然の中で命が終わっても、その命は土の糧や、他の生きもの達のからだになって、


循環しながら繋がっていく。


もし、この電車が発車して、次の駅に着いて、この扉が開いたら、この虫は潰されてしまわないだろうか。


土にもならず、他の生きもの達の命にもならず、子孫も残さないまま、死んでしまわないだろうか。


循環から外れ、他の誰かの中で生きることもなく、その命を終えてしまうかもしれない。


電車は動き出した。


じっと見つめていた。


そして扉が開くとき、その虫は動かずに、電車の壁に吸い込まれていった。


死んでなかったと、思う。




きみを覚えている。


僕に出会うために、きみの世界から抜け出してきたきみを。


きみのままに生きて、僕に心をくれたきみを。