──好きなやつはいるのか?

 

──ええ、いるわ。この中に。

 

ふたりしかいないピアノ館で、背中を向けたまま彼女は言った。

余りにも唐突で、呼吸が止まる。

 

(……まいったな)

 

俺を遣り込められる人間は、後にも先にも君だけだ。

部屋の中は、あっという間に彼女の匂いでいっぱいになった。

 

足元がぐらりと揺れる。

 

俺はよろめいた振りをして、

よろめいた振りをして……

 

君が振り向く。手を後ろで組みながら。はにかんだような笑みを湛えて。

 

「ここも世界の一部、でしょ?」

 

(ああ……)

 

今日は、どう振る舞っても俺の負け。

 

あの頃は、まだ……抱き締めるのが怖かった。

 

 

 

 

 

 

躰はひとつ。自由自在だ。

追いかけようと思えば走りだせる。

逢いにいこうと思えば、

いつでも何処まででも飛んでいける。

 

それなのに、心が迷子になっている。

 

心は何処にあるのだろう?

 

俺の心は今。

 

君の心は、今。

 

窓を開けた。

 

風と一緒に君がそよいだ。

 

 

 

 

 

葉群れの隙間から夜が落としていった星々を、ぼんやりと眺めている。

優しい──だけどちょっぴり気詰まりな午後。

 

「なにか言ってよ」彼女が言った。

 

「何かって?」

「なんでもいいから」

「何でも、ねぇ……」

 

彼は視線を泳がせた後、背中を丸め彼女の顔を覗き込み、凝視する。

 

「な」どきりと、心臓が跳ね上がった。(な……に?)

 

「またそばかすが増殖したんじゃないか?」

 

「は?」

 

「もっと気をつけた方がいいと思うよ。それでなくても君は人より日焼けしやすいみたいだし。あぁ、でも学院の生っちろい集団の中から見つけやすいのは都合が良いか……。そうだ、ターザンごっこもそろそろ卒業したほうがいい。ほら、二の腕が袖からはちきれそうだぜ。筋肉だろう? これ。少なくとも喋らなければレディに見えなくもないんだから。あの白面の友達のようにまでとは言わないが、そのうち本当にそばかすで顔が見えなくな──」

 

「テリュース!」彼女は立ち上がった。「もう黙ってッ!!」

 

 

※(意図せず)三段オチ。

 

 

 

 日日草……名前の由来/毎日新しい花が咲き続けること。