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MAJOの家

飛べない魔女のひとりごと
~ホメオパスの子育て体験記~

こんにちは。

 

とても久しぶりに書いています。

(自分でも、止めたのかと思っていた)

 

もしかしたら、はじめまして の人も。

来てくれて ありがとう。

 

花

 

しばらくの間、

 

朝 目が覚めるたびに

違う自分になっていて、

 

別人すぎて書けない、

 

視点が変わりすぎて

説明しきれない、

 

現実的にも忙しくなってきて、

書けない。

 

というわけで、

諦めて放置していました。爆  笑

 

 

ヘビ年ならではの、脱皮のような。

 

 

今日は朝から

文字化することが出来そうだったので、

書いています。

 

意味わからなかったら、ごめんなさいね。

 

 

花

 

 

「ときめいている場合じゃない」

 

一日の中で何度も、この思考が飛んでくる。

 

理屈をいくつも並べて、

重い感情

強い感情を

重要視することが、

選択の基準となって、日々を生きる。

 

あがき、

あがき、

あがき、

 

葛藤し、

葛藤し、

 

「だから」

ときめいている場合じゃない、

 

正しいことをやるべきと、

正義のために動こうと、

価値あることをしようと、

そんな自分を認められた時にだけ、

 

「ときめき」のご褒美をあげるみたいな、

 

そんな生き方をしていた。

 

 

 

肉体を持ち、この地球に降り立った時、

「感情」という体験ができる。

 

物事の体験には

ほんとうは

それほど意味はない。

 

強い感情ほど、

それは

キラキラと光を放つ。

 

「わたし」

という軸を中心にして

出来事が現れては消えていく。

人が過ぎてゆき、

日々が過ぎてゆき、

季節が過ぎてゆき、

 

それは天体がまわるように正確に

「わたし」のまわりを過ぎてゆく。

 

音楽の音の粒のように、リズムの粒のように、

流れるように、

「わたし」のまわりを過ぎてゆく。

 

その中で

感情をぶつけていく。

それが生きる、ということ?

 

いいえ。

 

わたしの本当の軸は、

何もしなくても、満ちている。

 

 

「こんなこと」があったら悲しいよ。

「こんなこと」があったら苦しいよ。

 

「こんなこと」を

そっとそっと

優しく抱きしめてから

手を開いて

解放していく。

また 

自分のまわりを過ぎてゆく。

 

 

肉体でいられる時間しか、

「こんなこと」に

感情をぶつけることはできない。

 

感情に

良いも悪いもなく

出来事に

良いも悪いもない。

 

でも、あなたの体験していることは

全部真実だし、全くそのとおりだ。

感じていることは もっともだ。

 

 

ぜんぶ

キラキラして

尊くて愛しくて、ありがたい。

愛のかたちで、姿でしかない。

 

わたしは

地球が大好きで

人間になって生きて

キラキラを体験したかった。

 

まるで絶景。

 

 

花

 

 

言葉に降ろすと

彩度が落ちてしまうから、

 

結局意味不明になるね。

 

 

でもきっと、

遅かれ早かれ、

みんな同じ体験をしていくでしょう。

 

 

花

 

 

というわけで、

ただただ

 

何かが大きく

開かれています。

その先へ、飛び込んでいきたい。

 

たくさんの人が

その先で待っている。

 

 

これは

意識の話です。

 

 

大難は凪いでいくよ。

 

何もかも、大丈夫。

大丈夫。