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MAJOの家

飛べない魔女のひとりごと
~ホメオパスの子育て体験記~

こんにちは。

 

もう本当に書けなかったから、

ここを消そうと思っていたのに、

長いこと放置していたのに、

訪問してくれる方がいてくれたと知り、、、

 

ありがとうございます。

 

1月に書いて以来、

ずっと閉じたままでした。

特に理由はないけれど。

(気分じゃなかっただけ。)

 

 

花 

 

 

気分のままに生きるというのは

とても

マインドフルネスで

 

少し前なら

いい加減だねって言われることだけど

 

今はこれが原点回帰だということは

みんなもう、気づいていると思う。

 

 

 

大好きな人達がみんな

どうか思う通りに生きて欲しい と願っている。

それは

それぞれが価値あると思うことが違うから。

 

思う通りなのだろうか、と

 

自問自答することは

 

毎瞬毎瞬

マインドフルネスでいることと似ている。

 

答えは

思考ではなくて、

しっくりくるか、どうか。

 

 

花

 

 

個性を出そうと足掻くときは、

自分は特別ではない、と思うからだ。

 

評価されたいと思うときは、

価値がない、と疑うからだ。

 

例えば

 

私が右手の人差し指の先なら

 

あなたは右手の中指の先なのかもしれない、

 

親指かもしれない。

 

確かに、

人差し指としての個性をアピールしようと策を練れば

いくらでも思いつくかもしれない。

良い面も、悪い面も。

 

 

でも

 

意識を広げた先では

 

人指し指も中指も親指も、

右手も左手も、

手も足も、

顔もおしりも、

何もかも、

わたしなんだよね。

 

 

寒いときはみんなで寒くて、

暑いときはみんなで暑い。

 

 

なんにもしなくていいけど、

反射的に

こうしたほうがいいって思ったときは

反射的に動けばいい。

 

わたしは「人差し指の先」を傷めないよう、

注意を払う。

 

わたしが痛いとき、

それはみんなにも、きっと伝わるから。

 

 

 

わたしたちは

 

これから意識をどんどん広げていくことになる。

 

それは、

「どこまでが」わたし、なのかを

感じられる範囲が広がることと似ている。

 

 

世界のニュースは無関係ではないけれど、

日々を生きるそれぞれの生活を、

軽んじるわけではないけれど、

今までの歴史を軽んじるわけではないけれど、

 

思う通りに生きて欲しい。

 

それは、

 

みんなで健やかになっていくことだ。

 

 

わたしは。

みんなが健やかである未来を、

もう、観ている。

 

 

花

 

 

青森、

と言えば

思いつく人。

 

(青森県沖で地震があったので。

 大好きな場所だから。)

 

今日は青森出身の

haruka nakamura  をご紹介して終わります。

 

今年使ったレメディーの話は、

また今度、書けたら書こうかな。

 

 

 

 

それではまたね。虹

 

だいすきだよ!(sunsun風に)