対人関係や社会生活の中で、自分の問題は自然と浮上してきます。

そうしたとき、心理学やSNSで発信されるさまざまな情報によって、

その問題は「幼少期に親から受けた傷が原因である」と説明されることが多いように感じます。


私も、その考えに触れる中で、

「その傷によって問題を抱えてしまう自分を、なんとかしなければいけない」

という気持ちにとらわれがちでした。


そして、高額な講座を購入し、

それを乗り越えようとしました。


しかし、講座の内容にはどうしても納得がいきませんでした。

過去のトラウマの場面を詳しく思い出し、

そのときの感情をすべて吐き出し、

新しい考えを上書きする、というパターンが繰り返されていたからです。


問題の種類ごとに想定されるトラウマがあり、

それに対応した「親に関するワーク」の型が用意されている。

さらに、そのワークを教えるために

より高額な講座が提示されることもありました。


けれど、問題はいくつもあれど、

次第に「親がそこまで関係しているとは感じなくなった」というのが、正直な感覚です。


どれだけ過去に親からそう言われたとしても、

また、問題のある親だったとしても、

現実の社会生活に向き合っていく中で、

それらは自分の中で自然に上書きされていく部分もあるのではないか。

そう感じるようになりました。


「あなたはこういう人だから、こういうトラウマがあり、

だからこのワークが必要だ」という枠組みにも、

次第に必要性を感じなくなりました。


その枠組みに違和感を示すと、

「それは別の心の問題があるからだ」と言われることもありました。


けれど、自分の心のことは自分が一番よく知っています。

どれだけ高額な講座を修了し、資格を持っている人であっても、

その人の示す「心の仕組み」に、

私の心が当てはまらないこともあるのだと思います。


人の心は千差万別で、

ある程度の傾向やパターンはあったとしても、

それを一つの型に当てはめて決めつけるのではなく、

心を理解し、支えるためには

もっと多様な考え方が必要なのではないでしょうか。


そのことに気づけたことが、

私にとって、今年いちばんの収穫です。