宗教とカルト集団及び宗教二世について(26)カルト | Ankh Heart Square

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カルトとは、人を分断させ、制限し、搾取するものだと私は思います。
それによって人は自分のことを信じられなくなり、守りに入ってどんどん弱くなり、自分の安全を守ってもらうために何でも差し出すようになってしまいます。共依存の完成です。 
共依存関係が成立してしまえば、人の視野はどんどん狭くなり、人としての成長が止まってしまいます。最終的には個としてのカラーを完全に失い、カルトのカラーに染まることになります。カルトの信念を否定するということは、自分の安全、自分の生き方、ひいては自分自身を否定することにも繋がってしまうため、カルトのメンバーは必死で戦い、カルトの"真実"を守るために頑なになる一方です。
エホバの証人だけではなくカルト集団は全て、それぞれの目的のために人を集め自分たちだけの場所を作り、社会から孤立させて、何かしらの恐怖で縛りあげ、楽園や天国、神の国などのニンジンを未来にぶら下げ私腹を肥やします。集まった人たちは人を疑うことを知らない純粋さと、自分の信念が育っていない未熟さ、そして自分の人生を生きることに対する不安から、簡単にカルトに飲み込まれ、自分では飲み込まれていることに気づかないほど鷲掴みにされてしまいます。
親がカルトのメンバーで2世となる子どもが、親と同じように洗脳されてしまえば、目先の苦悩は生まれないかもしれません。しかし、カルト集団に身を捧げた結果、その人生を閉じる時に、果たしてそこに「精一杯、自分の人生を生きた」という満足はあるのでしょうか?「産まれてきて良かった」という一生を送ることはできるのでしょうか?「愛されて産まれてきて、愛し愛されて生きた」と本当に感じることが出来るのでしょうか?
また、2世となる子どもが視野を広げて成長していく中で、親よりも精神的に成長してしまった場合、現実に味わう苦悩は底知れないものとなります。親よりも精神的に成長したとはいえ、肉体的には子どもで、自分の人生を切り拓いていくほどの力が育っていなければ、八方塞がりの闇の中で我慢する以外に方法がないように感じるはずです。その闇の中で、孤独や不信感、恨みや怒り、罪悪感や混乱などの感情が渦巻きながら育ち、重たい気持ちを引きずりながら生きていくことは、言葉では表せないほど辛いものでしょう。知り合いはカルトメンバーばかりで、他に信頼できる人間関係がなかった場合には、誰にも助けを求めることも叶わず、絶望の中で日々をやり過ごすことになるかもしれません。
カルト集団を「へんな人達」として関わり合いになりたくないと感じる方も多くいらっしゃることと思います。また、「間違ってる。許してはいけない。根絶しなければ!」と義憤を感じる方もいらっしゃることでしょう。しかし、そのどちらもカルトに苦しむ人を助けるには程遠いように思います。議論に議論を重ねても、どこまでも続く迷宮なのです。特に2世として育ちカルトからの決別を選択した人にとっては、無関心にも義憤にも傷つき、言葉にしがたい罪悪感や怒りに苛まれ、自分がずっと被害者である感覚から解放されることができなくなってしまいます。
人は孤独であればあるほど頑なになるものです。カルトにはまった人が、自分の信じる教義に頑なに拘り自分たちの正しさを立証しようと躍起になり、決して人の意見に耳を傾けない時、その人はとても孤独なのだということを理解することは大切なことではないでしょうか。唯一、カルトによってのみ支えられている孤独な人を攻撃して追いやり責任を追求しても、何も得ることはできません。はたまた、カルトを否定しカルトとの断絶を望みカルトの活動を制限しようとするならば、その方法は限りなくカルト的だともいえます。
まず優しい思いやりをもって理解を示し、相手の心を温めなければ、本当の理解を得ることはできないでしょう。それは詐欺師に騙されて信じ込んでいる人への対処法と同じかもしれません。
もし2世でカルトから決別したものの、親がカルトに属していた場合、良好な親子関係を築くことは非常に困難になります。子ども時代の傷や現在進行中の恨みや怒りを抱いている場合には、子どもが親に優しく思いやりを持って理解を示すことはできません。そして、カルトさえなければこんな苦しみを味わうこともなかったはずなのにと、更なる恨みや怒りを育てることにもなりかねないでしょう。
親との良好な関係が望めない場合には、親に執着しないことをおすすめします。現状を認めて受け入れましょう。親子関係はとうの昔に崩壊しているのです。それでも義務感から子どもとしての努めを果たさなければならないと自分に課すならば、常に怒りがつきまとうでしょう。
自分の思いや怒りに蓋をして表面だけを取り繕って日々をやり過ごしても解放などされません。やり場のない思いや怒りを晴らすために親やカルトに攻撃しても、その痛みは自分に返ってくるだけで泥濘から出ることができなくなってしまいます。そんなことに大切な時間を使う必要はどこにもないのです。血のつながりを盾にあなたの領域を侵し続ける人から自分を守りましょう。他の誰でもない大切な自分との関係を温かいものにすることに集中してください。
自分の心が嫌だと叫び、怒り落胆することを自分に課さないでください。
自分に愛情深い親がいたとしたら言ってくれたであろう言葉を自分にかけ続けましょう。
自分に愛情深い親がいたとしたらしてくれたであろうことを自分にしてあげ続けましょう。
あなたがまだ未成年ならば、カルトに属していない信頼できる大人、もしくは行政に助けを求めてください。あなたを助けてくれる人が必ず存在することを諦めないでください。
恨みや怒りを手放し、戦うことなく、被害者の席にも座らずに、カルトから完全に解放されて、誰かや何かに寄りかかることなく自分の人生に責任をもち、本当に大切なものを大切にして、幸せに自分の人生を謳歌し喜んで生きる姿を見せること、それだけがカルトに対する唯一の答えではないかと私は思います。



続きは↓

『宗教とカルト集団及び宗教二世について(27)カルトと社会』



「宗教とカルト集団及び宗教二世について①」はこちらから↓

https://ameblo.jp/healing-laqua/entry-12802943371.html



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