こんにちは、 mina  です。

 

 

以前書いたブログに、

こんなコメントをいただきました照れ 

 

「ママになれたのも奇跡なんですよ。

 誰でもなれるわけではないからね」 

 

 

その言葉を見たとき、 

胸の奥がじんわりあたたかくなりました。 

 

本当に、その通りだなってクローバー 

 

 

つい私は、 

子どもがいる毎日を「当たり前」みたいに

感じてしまいがちですあせる 

 

忙しかったり、

余裕がなかったりすると、特に。 

 

 

でも、

このコメントのおかげで

思い出したことがありました。 

 

子どもが欲しいと思ったのに、 

すぐにはできなかったあの頃のこと。 

 

周りのおめでたの知らせに、 

笑顔で「おめでとう」と言いながら

本当は、心の中で泣いていたこと。 

 

そんな自分を、

あまり好きになれなかったこと。 

 

そして、 

妊娠したとわかったときの、 

言葉にならないあの嬉しさ。 

 

 

いろんな気持ちを通って、 

今ここにいて「ママ」をさせてもらっています。 

 

 

いろいろあった中で、 

こうして今、子どもと一緒に生きている。 

 

それってやっぱり、

当たり前なんかじゃなくて、

奇跡みたいな毎日。 

 

だからといって、 

キラキラな毎日でもないし、 

いつも感謝できている私でもない。 

 

余裕がなくなる日もあるし、 

自己否定に陥るときもある。

 

 

そんな自分と向き合いながら、
少しずつ、

いらない思い込みや価値観がほどけてきています。

 

ちゃんと

受け止めきれているわけではないけれど、
それも含めての、今。

 

 

 

 

 

こんにちは、 mina  です。

 

 

GWで帰省してきました。

 

正直、

数年前は 実家に帰るのが

ちょっと憂うつでした。 

 

いろいろ言われるのが面倒で、 

「ほっといてほしいな」と思ったり、 

早く帰りたいな、

と思ってしまうこともあってあせる 

 

 

本当はゆっくりしたいはずなのに、

どこか表面的で落ち着かない。 

 

そんな感覚が、ずっとありました。 

 

 

でも少し前から、

私は両親への見方が変わっています。 

 

 

実家に帰ると、 

ご飯が出てきて、 

お風呂もわいていて、 

「ゆっくりしてていいよ」って言ってもらえる。

 

以前は

本当はうれしいはずなのに、 

それすらも、 

どこかひねくれて受け取っていた自分もいましたあせる 

 

 

今はただ、

 

当たり前のようで、 

当たり前じゃない時間を 

「ありがたいな」と味わえる。 

 

 

しかもWi-Fiもない環境なので(笑) 

「仕事しなきゃ」と焦ることもやめて 

リラックスする時間を、

ただ味わえていました。 

 

 

きっと、 

両親の言葉や関わり方が変わったわけじゃなくて 

 

自分の中の思い込みを、
少しゆるめられるようになったのかもしれません。

 

 

ちょうどお花見の季節で、 

お天気にも恵まれて 

梅もきれいに咲いていて、 

 

車がない両親は、 

なかなかお花見に行く機会もなかったようで 

 

一緒に梅を見に行けたこと、 

とても喜んでもらえて 

私も嬉しい気持ちになりました照れ 

 

 

「きれいだね」 

「気持ちいいね」 

 

そんなふうに、 

同じ気持ちを分かち合える時間が

 私はやっぱり好きなんだな、

と改めて感じました。 

 

 

誰かと一緒に過ごす時間や、 

誰かを想って動くことの中に、 

あたたかさを感じる。 

 

そんな時間を、 

これからも自分にあげていきたいなと思いますクローバー

 

 

ここまで読んでくださって、

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

こんにちは、 mina  です。

 

 

先日、信頼できる方のお話を聞く機会がありましたクローバー

 

その中で、とても印象に残ったのが
「過去世の記憶」についてのお話。

 

私たちは、過去世で体験したことや感じたことを、
今世でも無意識に引き継いでいることがあるそうです。

 

 

たとえば——

 

本当はこうしたいと思っているのに、なぜか怖くて動けない。
理由はわからないけど、同じパターンを繰り返してしまう。

 

そんなこと、ありませんか?

 

 

それはもしかすると、
「過去世での体験」が影響しているのかもしれません。

 

 

でも——

 

今世に生まれてきた私たちは、
その続きをなぞるためではなくて、

 

「そこを超えるため」に来ている。

 

 

過去世とは違う選択をして、
違う経験をするために生まれてきているそうです。

 

だからこそ大切なのは、

ふとしたときに立ち止まって、問いかけること。

 

「それって本当?」

 

 

無意識のままだと、
どうしてもこれまでのパターンに引っ張られてしまうけれど、

 

意識的に気づいていくことで、
少しずつ選択は変えていける。

 

 

そのお話を聞いて、

 

いきなり大きく変わることは難しくても、
ちょっとでも

「いつもと違う選択をしてみる」

 

本当は怖いけど、ほんの少しだけ勇気を出してみる

 

その積み重ねが、
過去から続いていた流れを、

少しずつ変えていくのかもしれない

 

そんなふうに感じました。

 

そして、
私がセッションでお伝えしていることとも、
どこか重なる部分があるように思いましたクローバー

 

 

ここまで読んでくださって、

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

こんにちは、 mina  です。

 

 

自分の本音がわからなくなるとき、ありませんか?

 

「私は本当はどうしたいんだろう?」

そんなふうに、立ち止まってしまうこと。

 

 

実は私も、

つい先日までそのことで悩んでいました。

 

やるかやらないか、

期日までに決めなければならない状況で。
 

 

やりたいのか、やりたくないのか、

正直よくわからない。

 

「怖いし、どうしよう、やめておこうかな…」

 

でも、これが本音なのかもわからない。
そんな状態でした。

 

 

信頼できる方にお話を聞いてもらったときに、
 

「自分のことが一番わかりにくいよね」
 

そんな話になりました。

本当に、そうだなと思ったんです。

 

 

そのとき、
お互いの心を感じてみる、ということをしました。

 

不思議なんですが、
自分のことよりも、相手のことの方が感じられるんですよね。

 

だからこそ、
「相手の心を通して、自分の心を感じてみる」
そんな時間になりました。

 

(これは、今回はこういう方法を使いました、

 という一例です)

 

 

感じてみると、少しずつ見えてきたんです。

 

頭は「怖い」と言っている。
でも心は、意外と堂々としている。

 

どちらも、自分の声。

 

だからこそ、どちらも無視せずに、
ちゃんと聴いてみました。

 

怖いと感じている頭の声も大切にしながら、
心の声にも耳を傾ける。

 

その上で私は、
「心の声を選ぶ」ことにしました。

 

 

今回のことで感じたのは、

 

頭も、心も、どちらも自分であって、
どちらを選んでもいい、ということ。

 

 

大事なのは、
どちらかを否定することではなくて、
 

両方の声を聴いたうえで、
自分で決めることなんだな、と感じました。

 

 

特別なことをしなくても、

 

「頭はどう言ってる?」
「心はどう感じてる?」

 

そんなふうに、自分の中に問いかけてみるだけでも、
少しずつ見えてくるものがあるかもしれません虹

 

あなたは、どうしていますか?

 

 

ここまで読んでくださって、

ありがとうございます。

 

 

 

 

こんにちは、 mina  です。

 

 

家事が面倒だなって感じること、ありませんか?

 

私はあります。

 

 

気が乗らないとき
忙しさを感じているとき
心の余裕がないとき

 

「やらなきゃ」と思うだけで、
なんだかしんどくなることもありますあせる

 

 

今日、いつものように
夫と娘のお弁当を作っていたとき

 

ふと、
「とっても幸せだな」って思ったんです。

 

こんなふうに感じることはあまりなかったので
自分でも少しびっくりしました。

 

 

私、
今、お弁当を「作りたくて」作ってるんだなって。

 

 

喜んでくれるから?
必要だから?
節約になるから?

 

そのどれでもなくて

 

ただただ、
「作りたいから作っている」

 

それだけで、満たされていました。

 

明日も同じ気持ちになるかはわかりません。

 

でも、
「今ここ」で感じたこの感覚は、
確かにあって。

 

 

「作らなきゃいけない」になると、
苦しくなるけれど

 

作りたかったら作ればいいし
作りたくなかったら、作らなくてもいい

 

そのうえで「作りたい」なら、
こんなにも幸せがわいてくるんだな、と感じました。

 

 

妻でいられること
ママでいられること

 

それも、当たり前じゃなくて

 

妻として、ママとして
お弁当を作れていること

 

その時間が
もう満たされていたんだなって。

 

 

そして

 

そんな日常の中の
ほんの小さなことにも

幸せを感じられたことが

なんだか、うれしかったんです。

 

 

解釈って、いろいろできるけれど

 

どうせなら


自分が「幸せだな」って感じられる
見方を選んでいけたらいいな、

 

と思いました照れ

 

 

ここまで読んでくださって、

ありがとうございます。