音がない「静寂」は人間の体にどのような影響を与えるのか?

以下、引用。

不快な騒音が心身を疲弊させることは経験則で理解できるところです。日常的に音があふれる騒々しい環境下で暮らしている人は、多くの場合、慢性的にストレスホルモンのレベルが高い状態にあると言われています。

騒音に限らず音は、耳の中にある通称「うずまき管」と呼ばれる部位・蝸牛(かぎゅう)が物理的な空気の振動を電気信号に変換して脳に伝達することで感じるもので、このメカニズムは、例え、深い眠りについている状態でも機能しているため、突然の音に驚いて目覚めることがあるというわけです。
 

「音が健康に悪影響を与え得る」ということは古くから知られており、フローレンス・ナイチンゲールは「無用な騒音はケア不足の最たるもので残酷な状況である」と表現し、子どもが突然死する原因は騒音にあると主張しています。そして、このナイチンゲールの主張は、20世紀半ばに、疫学者によって慢性の高速道路や空港が原因の騒音問題と高血圧との相関関係が発見されると再び脚光を浴びることになりました。
 

ベルナルディ医師の「静寂が与える影響」に関する論文は、2006年にHeart Journalで発表された論文で最もダウンロードされたものになりました。

 

2010年にオレゴン大学で脳神経を研究するマイケル・ウェア博士は、マウスに大きな音を聞かせると脳にどのような反応が生じるかを観察したところ、断続的な音の場合は聴覚皮質の特殊なニューロンへのネットワークが活性化するのに対して、同じような大きさの音であっても連続的に出される場合には、マウスの脳の神経細胞は停止した状態を示すことを見つけました。それまで、音が消える瞬間に動物が強く反応することは知られており、このおかげで突発的な危険に対応できると考えられていましたが、ウェア博士の研究成果によって、脳が静寂の開始時にも脳の神経細胞が強く反応することが明示されました。つまり、音がない状態は一般的に「入力がない状態」と考えがちですが、脳は音が突然消えた瞬間を「入力」として認識しており、その後も音がなければ聴覚皮質の活動を停止させるというメカニズムが明らかになりました。

2013年にはデューク大学の生物学者・インケ・キルステ博士はマウスを使って「静寂が与える影響」を調べたところ、1日あたり2時間の静寂を与えることで記憶に関わる脳領域の海馬がより発達することを発見しました。キルステ博士は「もしも、静寂と脳細胞の発達との因果関係を人間においても実証することができたならば、『静寂療法』は認知症やうつ病などの海馬に関係した症状を治療する方法として用いられるかもしれません」と述べています。
 

ただし、神経学者の中には「真の静寂」というものは存在しないと主張する人もいます。ダートマス大学のデイビッド・クレーマー博士は、「例えば、ラジオで自分がよく知る歌が流れているのを聴いていて、突然、音楽が止まったとしても頭の中ではその曲が続けて流れるはずです」という例を持ち出して、記憶が作用することで音がなくなったとしても脳の聴覚野が活動的な状態を継続する場合があることを説明しています。

このような脳の働きは「バックグラウンド活動」と呼ばれ、脳が消費するエネルギーのうち大部分を占めていることが明らかになっています。パターン認識や複雑な計算などの作業を実行しても脳の消費エネルギーはわずか数%しか増えないことが知られており、脳を完全に休ませることは非常に難しいことが分かっています。

例えば、ノイズキャンセリング機能のついた高級ヘッドホンや瞑想を体験するツアーなどのように、近年、「静寂」をウリにするビジネスが増加しています。また、フィンランドの観光局は「静寂な環境は重要な観光資源である」と考え、静かな環境を優れた利点として積極的に売り込んでいるとのこと。一見、「何もないだけ」とも思える「静寂」を、多くの人がお金を惜しまずに求めているという事実こそが「静寂」の効果をストレートに物語っていると言えそうです。
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