またコップを看護師に投げつけたらしい、と教えてくれたのはこの辺のポケモンGoを締めているソガさんだ。

ソガさんは優秀なケアスタッフであり、それ以上にギルマスとしても有名である。ソガさんが歩いていると知らない人たちが次々に挨拶してくるのでおかしいなとは思っていたが、まさかのまさかである。

そんなソガさんはヒカルのことを気に掛けて、折に触れ声を掛けてかわいがって(相撲協会とは違う)いたのだが、それが転じてヒカルの妄想対象になってしまっていた。

「ソガさんが私のことをいじめるんです。お父さんとお母さんが病院に迎えに来てるのにソガさんが騙して教えてくれないんです。」

ヒカルの今日の言い分は結局いつもと変わりはなかった。ただ、最近易怒性が増し、コップを投げつけたり、水をかけるという行動化が目に余るようになっていた。

このままではまた保護室に逆戻りになってしまう恐れから、ほとぼりの冷めたヒカルを散歩に連れ出した。

何であんな事したの?と尋ねた俺に、歩きながらヒカルは答えた。

「だってみんなが私のことを騙してるんですよ。絶対お父さんとお母さんが来てるはずなのに。退院していいってDr.フィールグッドも言いましたから。カルテを見せて下さい!!」

俺は肯定も否定もせず歩き続けた。

「、、、でも、水をかけてしまったのは悪かったと思ってます。ちゃんとオグラさんにも謝りたいです、、、。」

ピンクの眼鏡の奥でヒカルが涙ぐんでいるのが分かった。

「ねぇヒカルはなんでそんなに焦ってるの?焦っていい結果が出た事ある?保護室から出たばっかの時も焦って離院してびっくりドンキーで見つかっちゃったじゃん。退院したいのは勿論こっちも分かってる。でも受け入れてくれる家族と社会の準備もあるんだよ。ヒカルは他人に迷惑をかけるタイプじゃないと思ってるから、家族の心の準備さえ整えば家には絶対に帰れると思う。外泊したらプレッシャーに負けて崩れて帰って来たけど、それってあれもやらなきゃなんない、これもやらなきゃなんないって、未来の心配ばかりしてるからじゃないの?そうじゃなくてさ、外泊したんだったら、自宅のベッドは落ち着くわーとか、やっぱお母さんの料理は美味しいわーとか、そういう自分がまさに今ここを実感しているって気持ちを大切にしたらいいんじゃない?その今の積み重ねが未来になるんじゃないの?」

早足の散歩をしながらだと自分がマインドで喋っているのではなく、フィールで喋っていることに気づく。身体を動かしているとどうやら雑念が生まれないというのは本当らしい。

あー、俺が鬱々していたのは運動不足だったんだ、、、。

心友がくれたメッセージがダイレクトに響く。

「ヒカル、頭をほぐすよ。」

タイミングは今だと感じた。

自室のベッドの頭側に仰向けで寝てもらい、ドライヘッドスパを開始した。

「マサルさん、何だかわからないけどとても眠いです、、、、、、、、、、、、、、、」

俺はコチコチなヒカルの頭を、呼吸にだけ意識をフォーカスすることに集中した。

なんだか自分のコチコチな頭もほぐれていく感じがした。

無意識な2つの肉の塊となった俺達の横を、すっかり調子が戻ったマナカがコマネチをしながら通り過ぎて行った。