その日も夜勤のはずがお昼に登場した。

メアリーだ。

「保健監査用のカルテ整理が終わらないから早く来てやらないと、、、。でも昼ご飯を持ってくるのを忘れちゃったわ、、、どうしよ。」

でも俺は知っている。今日のお昼の給食がハヤシライスだということを。

何事もなかったかのように栄養課に1食追加の電話を入れて、満足気な表情を浮かべながら俺の方を向いた。

「マサル!あんた何?死んだ魚の様な眼をしてるわね。この間も疲れきった顔してたけど、更に拍車がかかって、まるでシュモクザメじゃない!」

自分のたとえがちょっと面白かったらしく、手を添えながら後ろを向いて笑いをこらえようとしていたメアリーだが、俺のただならぬ雰囲気を察してかすぐに真顔に戻った。

「えっ??あんたいったい何があったのさ?話くらいなら聞くわよ。」

俺はこのプーさん(実寸)×1.8倍でカッチリヘアーのメアリーには何でも話すことができた。

「メアリー、その通りなんです。俺は死んでいるも同然なんです。

そこそこのキャリアになってリーダー業務が増えてきたと言うのは仕方がないことだと割り切ってますよ。でも他にもスタッフがいながらにして全部押し付けるのは勘弁して欲しいですよ。この間もオグラさんが体調不良で代わりに出勤した時も、何で俺が予定入院をとるんですか??普通付けるならフリー業務でしょ!?何で助っ人が一番大変な思いをしなくちゃなんないんですか?次の日だって入院をとる割り付けになってたんですよ!!たまたま薬をやる人が居なかったからいいようなものの、ここ迄酷いと悪意すら感じますよ。全て俺が引き寄せてるって話なんでしょうけど、俺そんなに悪い事してないですよ!!」

メアリーはフムフムと何も言わないため続けた。

「俺この間、精神が崩壊するかのような体験をしてきたんです。それはもう43年間の人生をひっくり返された、否定された、なかったことにされた、そんな風に思えてしまう程辛い体験だったんです。自分で薄々気付いてはいましたけど、そこを認めてしまうとそれこそ自分が無くなってしまうようで、封印してきた部分なんです。封印って言ったら聴こえはいいですかね。

結論から言うと、全てから逃げ続けてきたって事を仲間の前で指摘されたんです。人生を本気で生きていないって指摘されたんです。人生を諦めているって指摘されたんです。

自分では受け止めて頑張ってた感はあったんですけど、全てにおいて自分が傷つかないように上手に逃げてたんでしょうね、、、。妻との関係もそうですよ。争いは嫌だからって理由で嫁姑の関係にもしっかり入ることが出来なくて。どちらにも嫌われて傷つくことが怖くて問題から目を逸して。でもそういう中途半端な振る舞いがみんなにとって一番残酷だったんだって。俺の一種の優しさと思っていた部分が、まさか周囲の人たちを傷つけていたなんてショック以外の何者でもないですよ。

だから今、俺はどうやって生きていったらいいのかわかんないんですよ。人にどうやって接したらいいのか、どうやって声を掛けたらいいのか、俺の考えは人に受け容れられるのか、俺って何者なのか、家族には愛されているのだろうか、職場での信頼はあるのか、地域での居場所はあるのか、、、そんな事ばかり頭に浮かんできてしまって、そんなの答えが出ないこともわかってますし、俺の受け止め方次第だろうなとも理解できます。今の俺は未来に生きようとしていて現状に満足できていない事もわかります。でもどうやっても「今」ここの時点に満足するって感覚が掴めないんです。なんか喉のあたりまでモヤモヤが上がってきていて、晴れ間が見えそうな感覚もあるんですけど、骨が引っかかってるみたいに取れそうで取れないんですよね。胸のつかえが、、、。全てに感謝せよって言うのも実践したことがありますけど、その後の反動がものすごくて、ドス黒い自分に自己嫌悪したことがあります。本当に俺って嫌な奴なんだなと、、、。

でもこんな俺にもかわいい子が3人も居てくれるし、なんだかんだ妻も逃げないで側に居てくれてますし、贅沢してるわけじゃないけど不自由ない生活くらいは送れているし、家もあるし、食いっぱぐれない資格も持ってるし、こんな俺を心配してメッセージを送ってくれる心友も居てくれるし、、、あれっ?俺って結構恵まれてるんですね。」

「なによあんた、ひとりで結論出してんじゃない。
いまここを意識する生き方って、あんたが思ってるほど複雑じゃないと思うのよね。私なんか今ハヤシライスが食べられることに感謝してるし、こんな見てくれだけどダーリンはプーさんみたいでかわいいって言ってくれるし。そん時に湧いて出た嬉しいとか、悲しいとかって言う自分の感情に素直になりなさいって事じゃないかしら?

マサル、あんた面倒くさいのよ、考え方が。物事はこうもっとシンプルに捉えなさい。好きか嫌いか、心地良いか心地悪いか、やりたいかやりたくないか。

それでも面倒くさい感情が生まれてくるなら瞑想しなさい。」

俺はハッとした。

家に帰って本棚をあさり、去年買っておいたホコリまみれのマインドフルネスのCDをデッキにかけた。

お気に入りの椅子に座って呼吸にフォーカスしていたら頭がグラグラし始め、座っていることが出来なくなった。
かすかに残る意識の中でかろうじてつぶやく事ができた。

(みんなありがとう)