させんのが苦手。
子供のときから、詩は苦手だったけど、作文は何回も褒められたよ。
こないだの子供たちが『人の痛みに無関心』というのは、私の中でものすごい衝撃を残し、
何かしなくては!
みたいな気持ちになったんだが、
曲を作ってみるのはどうだろうか?
とも思った。
しかし才能ないねぇ…(笑)
こうして駄文を長々書く方がよっぽど伝わるんじゃ…。
私は、多分唄よりも文や演説のが伝わるんじゃなかろうか?
まぁいいや。
期限もなんもないわけだしね。
私の『愛情とはなんぞや?』みたいなテーマを音にのせられたらいい。
昔、ドリカムのloveloveloveが流行った時、
正ちゃん(美和ちゃんの相方の中村正人氏)が
『とうとう吉田が愛を叫ぼう!』って言ってるよ、
そろそろみんな本当に愛について本当に考えなきゃいけないのかもしれません!
って、言ってたのをなんか思い出して。
確かにそれまでそんな呼びかけみたいな歌詞なかったしね。
何度もいいますが、私はドリカム、正しく愛を叫ぶシングル曲よりも、
ちょっと癖のあるアルバム曲のが好きなコアなファンなんですが。
人気者や有名人は世間に多大な影響を及ぼすし、
愛とか夢とか、大事な事を伝えなきゃいけないっていう社会的役割ってのがあるから、
正統派なラブソングや、生きることの素晴らしさしか
大々的に発表出来なくなるのも当たり前なんだよね。
単なる自己表現ではなくなる。
よりメッセージ性のある曲が大々的に売り出される。
ドリカムは『優等生』って感じで…
という人もいるけど、
それは確かにな。
ある意味世の中が認識してるドリカムのイメージって、そうだろうね。
クリーンで明るくて愛に溢れてる。
みんながそう認識してる存在ってのもすげーわ。
前回のシングル、ライズライズは完璧斜めからの恋愛だから、
かなり頑張った感じありますが。
ああいうのも好きだな。
でも売上はあんまり振るわなかったようだね。
私も買ってませんが(笑)
内向的なラブソングとか、内面がえぐられるような曲は、
アルバムの中だけにひっそりと。
個人的にはもったいない気もするけど。
両方あるって凄いよね。
クリーン過ぎるとなんか鼻につくけど、ちゃんとダークサイドもあるのよ。
どんな愛でも美和ちゃんの歌詞はいつもまっすぐで等身大。
本当に凄いと思う。
事実、今現在『何度でも』がどれだけの人の心を励まして、
元気付けて、
涙させてるか。
素晴らしい曲だよね。
被災者の方を元気づけるために
今、着うたフルを、無料配信してますよ。
太っ腹!
元気のないとき、どうぞ(*^_^*)
http://mobile.dctgarden.com/
で、子供たちの話、日曜日の金八先生の最終回(そりゃあ私、好きでしょう)
にもおなじようにテーマが出て来てた。
今めちゃくちゃ先生という職業は大変だと思う。
分かり易く暴れる子って居るのかな?
根本的に暴れたり分かり易くグレたりする子はただ単に『寂しい』だけな気がする。
『自分を見て欲しい、かまって欲しい』だけ。
必要としてるのは、『愛』と『ぬくもり『だけ。
そう思うと何だかちょっとかわいくすら見える。
まぁ女の私には暴れられると無理だけどなぁ。
やっぱり『寂しい』のは良くないんだよ。
自分の内側から湧いてくる孤独。
ひとりじゃどうにもならない。
実際中学生のとき、私もそれで死にかけた訳だし。
私の場合は、案外思い込みや独りよがりによる孤独感だったけど。
そういう子も多そう。
以外と人に優しくする方法や
愛される方法よりも
優しさや愛情を素直に受け取れるかって方が大事だったりする。
受け入れる器に穴が空いてたら、どんなに注いでも漏れ出してしまうもん。
『悲しみ』って内側から作り出すものじゃなくて、
外的要因によるもの。
色んな出来事だったり。
『悲しみ』は外からやってくる。
いつかはなんとか乗り越えられるもんな。
内側に根付いた『寂しい』って感情はあまりに溜まりすぎると人をおかしくする。
最近の子供たちはリアクションがない子が多いよね。
もしかしたら『寂しい』って自覚すらないのかも。
ちょっと見た目派手にしてグレたりするっていう図はまだましで。
なんかこう冷たいまま静かに大人になってくとしたら、怖いなって思ったんだけど。
大人になるまでに愛情深い人にどれだけ出会えるかだよね。
分かりやすい愛情が必要なんだよな、
単純明快な、さ。
同じマンションの子供は、めっちゃ子供らしい子供。
『シロちゃん!』ってシロ大好き。
こないだ、聞いてないのに『今日卒園式だったの!』って大アピール(笑)
おめでとう!
世界中の子供たちが、元気に笑って居られるような世界になるといい、と心底思う。
まず、身近なとこから。
老若男女、人に優しく。
無理なく。