かわたれどきの頁繰り

かわたれどきの頁繰り

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。
小野寺秀也(仙台在住)のブログです。

〈きのうの詩〉の〈きのう)は、詩をを読み始めた10歳

のころから70年ほどの今日までの中の「ある詩」を読ん

だ「ある日ある時」のことである。これまで読んだ詩集

を読み返して、まだ感動が続いているようなら抜き出し

ておこうと考えた。これも、私の終活のひとつである。

 

 

 

   三人

              金子光晴

 

  子供の徴兵検査の日に

 

癩の宣告よりも

もっと絶望的なよび出し。

むりむたいに拉致されて

脅され、

誓はされ、

極印をおされた若いいのちの

整列にまじつて、

僕の子供も立たされる。

 

どうだい。乾ちやん。

かつての小紳士。

ヘレニズムのお前も

たうとう観念するほかはあるまい

ながい塀のそつち側には

逃げ路はないぜ。

爪の垢ほどの自由だつて、そこでは、

へそくりのやうにかくし廻るわけにはゆかぬ。

だが柔弱で、はにかみやの子供は、

じぶんの殻にとぢこもり

決してまぎれこむまいとしながら、

けづりたての板のやうな

まあたらしい裸で立つてゐる。

 

父は、遠い、みえないところから

はらはらしながら、それをみつめてゐる。

そしてうなづいてゐる。

ほゝゑんでゐる。

日本ぢゆうに氾濫してゐる淘流のまんなかに

一本立ってゐるほそい葦の茎のやうに、

身辺がおし流されて、いつのまにか

おもひもかけないところにじぶんがゐる

そんな瀬のはやさのなかに

ながされもせずゆれてゐる子供を、

盗まれたらかへつてこない

1人息子の子供を、

子供がゐなくなっては父親が

生きてゆく支へを失ふ、その子供を

とられまいと、うばひ返さうと

愚痴な父親が喰入るやうに眺めてゐる。

そして、子供のうしろ向の背が

子供のいつかいった言葉をさゝやく。

――だめだよ。助かりつこないさ。

あの連中ときたらまつたく

へロデの嬰児殺しみたいにもれなしで

革命議会の判決みたいに気まぐれだからね

 

 

  富士

 

重箱のやうに

狭つくるしいこの日本。

 

すみからすみまでみみつちく

俺達は数へあげられてゐるのだ。

 

そして、失礼千万にも

俺達を召集しやがるんだ。

 

戸籍簿よ。早く焼けてしまへ。

誰も。俺の息子をおぼえてるな。

 

息子よ。

この手のひらにもみこまれてゐろ。

帽子のうらへ一時、消えてゐろ。

 

父と母とは、裾野の宿で

一晚ぢゆう、そのことを話した。

 

裾野の枯林をぬらして

小枝をビシビシ折るやうな音を立てて

夜どほし、雨がふつてゐた。

 

息子よ。づぶぬれになったお前が

重たい銃を曳きずりながら、喘ぎながら

自失したやうにあるいてゐる。それはどこだ?

 

どこだかわからない。が、そのお前を

父と母とがあてどなくさがしに出る

そんな夢ばかりのいやな一夜が

長い、不安な夜がやつと明ける。

 

雨はやんでゐる。

息子のゐないうつろな空に

なんだ。糞面白くもない.

あらひざらした浴衣のやうな

富士。

 

 

  戦争

 

千度も僕は考へこんだ。

一億とよばれる抵抗のなかで

「なにが戦争なのだらう? 」

戦争とは、たえまなく血が流れ出ることだ。

そのながれた血が、むなしく

地にすひこまれてしまふことだ。

僕のしらないあひだに。僕の血のつゞきが。

 

敵も、味方もおなじやうに、

「かたなければ。」と必死になることだ。

鉄びんや、橋のらんかんもつぶして

大砲や、軍艦に鋳直されることだ。

 

反省したり、味つたりするのは止めて

瓦を作るやうに型にはめて、人問を戦力とし

ておくりだすことだ。

十九の子供も。

五十の父親も。

 

十九の子供も

五十の父親も

一つの命令に服従して、

左をむき

右をむき

一つの標的にひき金をひく。

 

敵の父親や

敵の子供については

考へる必要は毛頭ない。

それは、敵なのだから。

 

そして、戦争が考へるところによると、

戦争よりこの世に立派なことはないのだ。

戦争より健全な行動はなく、

軍隊よりあかるい生活はなく、

また戦死より名誉なことはない。

子供よ。まことにうれしいぢやないか。

互ひにこの戦争に生れあはせたことは。

 

十九の子供も

五十の父親も

おなじおしきせをきて

おなじ軍歌をうたつて。

 

   『現代日本文學大系67 金子光晴他11人集』(筑摩書房、昭和48年)pp. 17-18。
 

 

 

 

 

 

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