札幌でも東京でも新型コロナの新しい感染者の数が減っていると報道されているが、素直に安心できない。 検査人数がわからないなど、情報の信頼性が担保されていないからだ。

 

 

マスコミも、きちんと検査人数を把握するように努めてほしい。 そうしないと、数値という「具体的なデータ」が、かえって人を困惑させることになるだろう。

 

 

 

上のツイートがもし本当であれば、新しい感染者数の発表自体がほとんど無意味だと思う。

検査人数とセットで新規感染者数が報じられないと自粛の効果を実感しづらい。 もしマスコミもこういう裏の事情を知っていて、統治者に都合のいい情報だけ流しているのであれば、それは罪なんじゃないかと思う。

 

 

一つの着目すべきポイントは、医師がPCR検査を必要と判断した人の、その数の増減だと考える。医師が検査が必要と診た人が、本当に少ないのであればこのままでいいんだろうけど。

 

 

 

本題に入ると、

「ステイホーム」というなかなかシンプルですっきりしたスローガンがテレビから聞こえてくるわけだけど、本当にそれでいいのか、ということ。 「おうちにいよう」という言い方もそうだけど、端的に言って、家にずっといるのは健康によくないだろう。

 

 

とくに高齢の方は、むしろ今のような状況では、意識的に散歩をするために外出をしたほうがいいように思える。 大事なことは外出しないことではなく、人や物との接触をできるだけ避けることだろう。 他者と一定の距離を保つことが守られれば、ある程度は体を動かすように心がけたほうがよいはずだ。

 

 

これまでの生活習慣で、人と交流したり社会経済活動をするために家を出るということを無意識にしてきたんだろうけど、これからは、とくに高齢の方は無目的的な外出をこころがけたほうがいい。 個として自然と接するという意識が、この状況において健康を保つために大切ではないだろうか。そんなことを思った。

 

 

下手に「ステイホーム」を真に受けてしまうと、こころを病む気がする。

身体を通して、太陽の光や熱や 風の強さや冷たさをしっかり感じて、あるいは影の部分を感じたりですね。 それと、花鳥風月の趣などを味わうことでしょうね。

もちろん、人工物の風景を眺めることもいいだろう。

 

 

シャンティ・フーラの時事ブログには以下のような記事もあります。 一部を抜粋させてもらいましたが、長い文章ではないので全文を読んでみてほしいところ。

 

やはり、“人々が外でコロナウイルスに感染する可能性は大幅に低い”らしい。だいたいやねえ、外で他人との距離をキチンと取ってさえいれば、“換気の悪い密閉空間、多数が集まる密集場所、間近で会話や発声をする密接場面”の3つの「密」のいずれにも当てはまらないでしょ。外では、他人がさわる場所に出来るだけ触れない、手で顔をさわらないようにすれば、随分と安全なはずです。

 

人々が外で新型コロナウイルスに感染する可能性は大幅に低い! ~NYの100件の病院のデータによると、新規コロナ入院の66%が自宅待機を守っていた人たちだった

                                          2020/05/09 9:20 PM

                
 

 

結局、『ステイホーム』とか格好のいいフレーズであるかのように喧伝されてますが、実際は、意識が低い人向けのかなりざっくりとした標語でしかないってことですね。

外出した際に、誰かに会ってぺらぺら喋りたくなったり、とくに理由もなく人ごみや店内に引き寄せられてしまう人なんかにとっては有効な言葉なんだろうとは思います。

 

 

だから、標語としては、

「自然を浴びて、一人で歩こう」 とかが本来は高齢の方などにはよいんじゃないでしょうか。

語感はよくないですけど (^ ^ ;)

 

 

まぁ、政府もマスコミも 疑ってかかる方が無難であることがはっきりした今この状況においては、しっかりと自分で感じたり考えて生きることが大事ってことですね。

 

 

 

 

おわります。