五百石の町並みを歩く
富山市の南部を東西に走る有沢線。その有沢線を近代美術館のある太郎丸からず~っと東へ向かい、常願寺川に架かる大日橋も過ぎ、立山町の中心部、五百石へと向かう。
そして駅近くの富山地鉄の線路を越え、ちょっと行ったところの交差点「天満宮前」が、五百石の中心にあたる交差点だ。
そしてこの交差点を南北に走るのが、アーチもかかっている「五百石中央商店街」。
筆者は、ある時たまたま夜中に立山町近辺についでがあり、その商店街のある通りをひととおり見てきたのだが、アーチのきらびやかさとは正反対に、人っ子一人、いない。まあ夜だから、ということもあるが、何しろ行ったときは車も、人も、なんにも会わなかったのである。
まずは通りを南に向いて進んだが、商店街のはずれあたりで、何やら黒い、動く影が横切った。二つの目だけがキラキラ光っている。
何? ネコ? …だんだん車が近づくと、横切ったその小さな動物は、なんとタヌキ、だった。
商店街に、タヌキ…。
さて、その商店街がおそらくは旧道だったのだろう。改めて訪れた際、その通りを注意深く見ていくと、古い建物が点々と点在していた。五百石の駅前近くに1軒、商店街の南側のはずれのあたりにも2~3軒が、昔っぽい雰囲気を残していた。
上市の町並みを歩く
上市へは、二度、足を運んだ。ネットで調べていても、あまりはっきりと古い町並みについての情報はないが、ただ断片的に、個人のブログなどで、そのような場所があるらしいということが、何となく推測された。
それで、一度目は上市駅の周辺の商店街あたりを車で行ったり来たりして探索してみたのだが、どうもそれらしき場所がない。ひょっとしてここには古い町並みと言えるほどの場所はないのか? と一度はあきらめたのだが、その場所は、再度の訪問時に発見した。
上市の古い町並みは、駅周辺ではなく、もっと東側のはずれのほうにあったのだ。
上市駅の近くの三日市の交差点を東へ折れ、商店街を抜けると、上市川に白竜橋という橋がかかるあたりに着く。道は時折、くの字に曲がるが、そのまま東へと進むと、その先の道沿いに古い家屋が何軒か残っていた。
白竜橋のすぐ近くにも、見事な造りの家屋が残っており、スナックとして今もなお営業しているようであった。その面構えは、ひょっとして、昔の遊郭か料亭か何かだったものか? とも感じられた。
その白竜橋の手前から西側に細い路地があり、そこに目をやると… 一瞬はっ!?とした。
こんな辺鄙な場所に、そして細い路地に、なぜか居酒屋やスナックの看板が点在しているのである。
車を停め、その路地の中を歩いてみた。…そして歩きながら確信した。その、上市川沿いの石浦町という地名のあたりは、おそらくは昔の遊興地だったのに間違いない。
生活臭のある普通の家々に混じって、異常に多い居酒屋、小料理屋、スナックの看板…。
そして、レトロを通り越して「遺産」とでも呼ぶべき、超シブい食堂が、その路地で今なお、厨房から音を立てていた。
前にも良く似た場所を見たことがある。ここは、以前自分が訪れた、福光の町なかにある、観音町の飲み屋街のミニ版といったところか…。
その昔、ここ上市の町は剣岳へ向かう参詣道の中継地であり、三のつく日に行われた「三日市」や「上の市」で大いに賑わった場所とのこと。今では上市駅周辺はだいぶ道も広くなり、整備されてしまっているが、町から少し離れた道筋に、その往時の賑わいを残す町並みが、なんとか残ってくれていた。
滑川の町並みを歩く
滑川の町並みは、かなり良い。町が開発されなかったことと裏腹なのかもしれないが、いい形で古い町並みが残されている。
滑川の町並みを通ると、ところどろこに「宿場回廊」と書かれた看板が立っている。最近になってからであろうが、町並み保全の動きが出てきて報道もされるようになってきている。
以前は県内に住んでいても、ここにそういう町並みがあるなんて、全然知らなかったが。
JR
そして、旧道をさらに西へ進む。その道が富山地鉄の中滑川駅からまっすぐに伸びる道とつき当たるあたり、川が河口に伸びているところで車を停め、少し歩いてみる。
そのあたりの雰囲気がまたなんとも言えない。マジでレトロなたい焼き屋「中山商店」で、まだ現役のおばあちゃんからたい焼きを1コ買う。う~ん、また昔っぽい味のたい焼。
その横っちょのあたりの古い建物も、雰囲気たっぷり。
道の角には割烹料理屋さんがある。入口の丸窓とかのシブい造りは、これまでに何ヶ所か古い町の歓楽街で見たものとも共通しており、趣がある。
川を挟んで北側の通り、大町の通りにも古い家屋が何軒かあるが、川の南側、瀬羽町のほうの通りに入っていくと、これがまた雰囲気満点。こんなに風情のある町並みが、これまで別に観光地だったわけでもなく、何の宣伝もしていない、こんなところにあるなんて、って感じ。
多分、富山県民でも、この場所のことは、一部の人以外にはあまり知られていないんじゃないかな。もったいない。
通り沿いには、以前酒蔵だった宮崎酒造の建物が見事に復元されていて、町並みに調和しつつ、昔の雰囲気を出した家屋となっていた。ホームページ情報によると、なんでも最近、文部科学省の文化審議会がこの修復家屋を国の登録有形文化財指定へ答申したのだそう。へぇ~。
この通りの雰囲気は、できれば無くなってほしくないな…と感じた。
海側に面した旧道を、さらに西のほう、水橋方面に向かって進むと、加島町のバス亭のあたりにも、何軒かの袖壁を持つ古い家屋が見受けられた。
道は上市川を渡り、そのまま行くと水橋の古い町並みへと続く…。
魚津の町並みを歩く
魚津の町は、大ざっぱに言うとJR
電鉄
その銀座商店街から海側に折れるように入る道が、かつての旧道。真成寺町という町名の、その通りに2~3軒ではあるが、古い家屋が残っていた。
諏訪町のあたりにも、道沿いではないが、路地裏を入っていった中に、ぽつりぽつりと古そうな建物が若干残っている。
埋没林博物館の近く、日本カーバイドの工場の横あたりの、火の宮町の住宅街のほうへも足を運んでみた。なんでそんなところに、かというと、かつてその場所に「旭新地」という遊郭があったというのを本で知り、その場所を自分で確かめようと思ったわけで。
…で、その痕跡を探しに行ってみると、たしかに格子戸の家や、朽ち果ててはいるが、入口に欄間細工のはっきりと残った家屋が、たしかにそこに何軒か残っていた。
ここがそうだと言われないと、たぶん全く気づかない、ぱっと見は普通の住宅街だが…。
黒部の町並みを歩く
電鉄
電鉄の駅前には、昔はちょっとした繁華街であっただろう事を偲ばせる、居酒屋やスナックの古い看板がいくつも残っている。そのうち何軒かは今も営業しているようだ。
駅前から旧道沿いにしばらくは、拡張された道路沿いに商店街が続くが、その商店街が終ろうとするあたり、道路も狭くなりカーブを描くあたりに、古美術店のなんとも立派な建屋が目に飛び込んでくる。その周辺の何軒かもまた、古い佇まいを残している。
黒部の町で古さを感じるのはそのあたりくらいで、その先を浦山方面に向かい旧道を辿るも、残念ながら特に古い家屋や町並みは見受けられなかった。ただ、浦山の集落まで辿り付くと、木造で非常にしっかりとした、築何十年かは経つであろうと思われる立派なお屋敷が数軒、建っていた。
とやまの廃村を歩く
今回は、いつもの古い町並み巡りはちょっとお休みして、
ふるさんの友人 “あくびちゃん” からの原稿を掲載いたします!
「とやまの廃村を歩く」
ある日、山に出かけたとき、その途中で、かつて人々が生活を営んでいたのに、今はもう誰も住んでいないような「廃村跡地」や「廃屋」を見つけました。
それが廃村や廃屋に興味を持つようになったきっかけです。
里山の自然が残っている、廃村になった場所の辺りで車を停め、ボ~っとしていると、なぜか田舎生まれの自分には気持ちが落ち着くんです。
「何で?」と考えてみた時、それは、いろんな矛盾を抱えて苦しみながら新しい時代を切り開くことよりも、むしろちょっと昔の時代に戻ることの方が、自分にとっては心地良いからではないかと思うのです。
現実的には難しい事かもしれませんが、例えば“電気を消して早く寝よう”“夜明けとともに起きて働こう”“食べ物は近くで採れたものだけにしよう”“家は近くの山の木で作ろう”といった、無理をせず、背伸びしない、自然体の生き方ができれば…と。
そんなことを言ってみても、実際、そういう生き方ができている訳でもないのですが、なぜか廃村で佇んでいると、そういう気分に浸れるのかもしれません。
実際のところ、自分は、とやまの廃村といってもほんの一部にしか行ったことはありませんが、そういう場所って、意外と県内にも結構、残されているんです。
また、廃村と一口に言っても、住居跡や納屋がちゃんと残っているところもあれば、神社だけが残っているところ、石垣や基礎だけが残されたところなど、様々です。
富山県内の廃村のことは、桂書房から出ている「村の記憶」という本にも詳しく記されていて、とても参考になります。
自分の場合は廃村の写真を記録として撮ってくるだけですが、最近では、勝手に跡地に入ってそこにあるものを荒らしたり、ゴミを捨てていったりするような、マナーを守らない人達もいるようで、とても残念です。
過去にその地に住んでいた人々が、今もなお、しっかりと守っているこれらの廃村跡地を、これからもずっと、見守っていければ…と思います。
生地の町並みを歩く
生地の町の中の、狭い路地に入っていった。
路地の角を曲がり、生地中橋に向かう道沿いに、すぐに古そうな家を2~3軒、見つけた。
そして生地中橋の近くまで行くと…、おお、これがあの、魚の立て焼き、か。
魚屋さんの店頭で、うまそうに魚が焼かれている。
つい、車を停め、覗いてみた。
「おいしそうね。これ、買って、ここで食べてもいいの?」「いいよ。そこの長イスで食べてって。」
おいしそうな魚やイカが立て焼きにされていて、どれもおいしそう…。その中で、アジをいただいた。値段はなんと、350円。
「今日、生地に来て2度目なんだけど、前に休日に来たときは休みだったんだよ」
「うちは、日祝日は、休みだから。」
…そう。別にここは、観光客相手にやってる訳じゃなくて、生地の住民の、生活に根ざした魚屋さんなのだ。座って食べていると、次々とおばちゃん、おばあちゃんたちが買い物をしにやって来ていた。
そして、食べ終えてから、立て焼きの雰囲気を写真に収めようかな…と思っていたら、食べ終えた頃には、立て焼きは終了し、魚たちはトレイの上に乗っかって、みんな売り物になってしまっていた。
ここへ来た時間は4時過ぎ。5時前には、その立て焼きは、もう終了なのでした。てことは、偶然ギリギリ間に合ったってことか。
だけど、祝日に観光ガイドとか見て、ここへやって来た人は、みんな食べられないんだよね。残念ながら…。
橋の向こうには、町のあちこちに湧水の「清水」が出ている所があり、昔ながらの町のまち歩きを楽しめる。そして「魚の駅生地」には、新鮮でおいしそうなお魚たちが、たくさんお値うち価格で売られていた。
生地を離れ、海沿いに走る旧道を通って魚津方面に進む。石田のあたりにくると、電鉄
入善の町並みを歩く
入善の町は、割と小さな町なのに、なぜだか分からないがやたらと飲み屋が多い。あちこちに居酒屋やスナックが点在している。入善駅前から正面には昔はなかった広い道が8号線に向ってできているが、その道からちょっとそれて裏路地を歩くと、迷路を歩くような探険を楽しめる。
「交流施設うるおい館」の裏手にスナックが何軒か集まった路地が、それに駅の近くのほうには居酒屋が3~4軒集まっている路地も、発見した。以前、県内の裏路地酒場ばかりを歩き回って、酒場の特集記事で冊子を作ったことがあるが、まさにここもそんな「裏路地酒場を歩く」っていう雰囲気。
また今度、夜に飲みに来ようかなぁ…。
さて、古い家は、町並みとして密集してはいないが、捜せばぽつん、ぽつんと、新聞屋さんか何かの古い建物などが、町の中に少しだけ存在した。
























