桑名正博さんをまだ日本にいた高校生の頃、大好きでした。
コンサートに行ったものの、抱えた花束をどうしていいか分からず、桑名さんの舞台に向けて
ぱあーっと放ったことを昨日のことのように覚えています。
今、大変な状態にいらっしゃる桑名さん.............
まだ58歳です。
頑張って、生き抜いて欲しい。


御無沙汰してしまっています。
実はここ一ヶ月ほどプリマベーラの身辺にはいろいろな事が起こっています。
ブログを立ち上げた昨年の秋には、それなりにあった気持ちのゆとりと新しい
ことに挑戦するエネルギー...................
今はちょっと違う状況に入り込んでしまいました。

新しい記事のアップもしていないのに、私のブログをチェックしてくださる方々
がいらっしゃることに心から感謝しつつ、再びここアメリカはSan Diegoから
発信出来る日まで、Let me take a break for a while.

貴方の毎日が幸せでありますように。


プリマベーラの住んでいる街では、10年程前までは日系の会社もそこそこ有り、

一応、英語/日本語バイリンガルというのは求職するにあたりちょっとした武器に

なりました.....


ところが業種は家電関係、特にTV関連が多かったので、このところの日本勢

の落ち込みと共に、撤退する会社はあっても新しく入ってくる会社は無しダウン


というわけで今回の再就職活動はアメリカの会社に絞って頑張ろうと思っていた

矢先に目にしたNews...

地元大手会社が日本企業と手を結んでProjectを展開予定という話!


むむ~~これはいいのでは?

帰宅して夫に話してみると、数日後彼のバイクサークル内にいる知人が前述の

大手会社の社長の弟だと判明したのですニコニコ


「兄のメールアドレスを教えてあげるから、直接履歴書だしてみたら?僕から

も話しておくから」

と言ってくださったので早速日本へ発つ前日(実は5月11日から17日まで日本

に行ってました)、頑張って履歴書を更新。


で帰宅した翌日にカヴァーレターを作成しました。

カヴァーレターっていうのは、米国で就職希望の会社に履歴書を出す際、一緒

に提出する簡単な自己紹介みたいなものです。


時差ぼけもあったかもしれない、もともと自分のことを売り込むのが苦手なの

に、思いっきり自己アピールで埋め尽くしたレターに対する羞恥心に押しつぶさ

れそうになっていたかもしれない.....


社長さん宛てに送った後でこのカヴァーレターを見直してみると、、、、、、、

「Dear Hiring Executive」の後にカンマが2つついていて、

Dear Hiring Executive,,となっているではありませんか????

これ本当はひとつじゃないといけないのに~~~~~~~~~~ガーン


夫にどうしよう~と相談してみると、「まあアメリカに帰って来てすぐに頑張って

書いたんだし、大丈夫だよ」

と暢気な回答。


でもこのカヴァーレターの添削を引き受けて、得意気にこれでPerfectとか何とか

言って、私に返してくれたのはこの夫なんです!

自分の間違いを認めないという伝統がここにも生きているようですねむかっ


まあ、最終チェックを怠った私も悪いのですが、せっかく鼻息も荒く提出した

のに残念ですショック!


皆さんも緊張している時こそダブルチェックですよ!















The Bee Geesのロビン・ギブさんが亡くなりました。
1960年の後半からいろいろと素晴らしい曲を発表してくれたBee Geesなので、
一つだけ心に残る曲を選ぶのは大変難しい。
そんな状況のなか、私にとって彼らとの出会いの曲となったMelody Fairを
お届けしたいと思います。
1971年に公開されたイギリス映画、「小さな恋のメロディ」............
本国とアメリカではヒットしなかったようですが、私にとってこの映画は
思春期への入り口を意味するとても大切な映画です。




ロビン・ギブさんの御冥福をお祈りします。
いったい何がきっかけだったのか思い出せないでいるのですが、ある日
私は美輪明宏さんが華麗に歌い上げる「愛の賛歌」にうっとりと耳を傾け
ていました。


もともと大好きだったシャンソン「愛の賛歌」ですが、美輪さんのパフォ
ーマンスには「生と死」を感じさせる凄まじい魂の存在すら感じます。

彼のプロフィールを知るにつれ、苦労した過去のことや、圧倒的に美しい
若かりし頃の面影などが心に迫ったものですが、ある日私は何気ないお喋り
の延長の形で叔母に美輪さんの話しを始めました。

「あら、懐かしい。私も若い頃よく彼の歌を聴きに銀巴里(銀座にあった
シャンソン喫茶)に通ったのよ」
と声は弾ませる叔母。

「ちょうどその頃はザ・ピーナッツが流行っていて、ほら私若かった頃って
とっても細くて、名前も彼女らの本名と良く似ていたの。
その頃は美輪じゃなくて丸山明宏って言う名前だったんだけど、銀巴里に行く
とよく話しかけてくれて、『どうせだから貴方も3人目のピーナッツとして
デビューしたら?』なんて言われたこともあるのよ」
と当時のエピソードを語ってくれました。

もちろん、その頃の美輪さんはとても美しかったそうです(笑)

「でも1年くらい前に彼のDinner showに行ったら、途中からお説教に
なっちゃって、説教される為に来たんじゃない!って思ったけど...」

きっと美輪明宏さんがご自分の様々な経験をもとに、若い女性相手に人生
とは何かを諭すようなスタンスをとる方向に向かっていた頃ですね。

でも同年代の叔母にとっては、今更人生とは何ぞやなんてお話しよりも
彼独特のEntertainment的な部分が恋しかったのでしょう。

でも説教される為に来たんじゃない!の一言は江戸っ子でさっぱりした
気性だった叔母にぴったりで、今でもその時のことを思い出すと自然と
顔がほころびます。