そのころはやった物、もってたもの、
家で掘り出したり、ふと思い出してネットで見たりすると
そのときのワクワクや感動(うるうるとかじゃなくてWOW!!の方)
空気感や生活感までおもいだされる。
音楽聞いててもそう。
通学のバスの時に寝ながらリピートしてたアルバムとか。
初めて自分で買ったCDをCDプレーヤーでひたすら流して
あながゆるーくなるまで聞いてた。
写真見ててもそう。
その人たちとすごした授業や放課後、
週末や夏休み。
それを見るたびにふと思う。
いわば一瞬一瞬をきりとった紙きれ。今は主にデータだね。
その一瞬を楽しんでたと思う。バカみたいに騒いで。笑って。
後から見るともっとその一つ一つを大事に思ってたかどうか。
その一瞬は楽しんでたけど。
それを鮮明に思い出して感謝できるのは、時間がたてば難しくなる。
焦ってあたらしく思い出を作ろうとしてももうおそい、そんなことがある。
泣いても悔やんでも帰ってこない。今後悔してる。
なんでもっと思い出を作っとかなかったんだって。
もっと時間を共有したかった。
もう7ヶ月たったけれど、お母さんや家族にとってはきっとその7ヶ月、
一日たりと彼のことを考えなかった日々は無かった、
そして辛く、厳しい永遠に続く坂のようだったとおもう
彼はぐうたらのようにみえても気を使う人だった。
おれたちそれぞれをよく見てた。笑いを生んで、楽しませて。
そんな彼は遠いところにいってしまった。
とりのこされたけど、
今、おれたちが生きてる。
毎日を生きてる。
毎日ばかみたいに笑ってすごしても、真面目に勉強しても。
毎日失敗ばかりしても、いいことあっても。
全部毎日。
(毎日って言うと一日一日が同じリズムで進んでいってるようにきこえるから
なにか他の言葉が欲しいんだけど)
それは全部おれたちの過去であり、今であり、未来。
あれから彼の未来がどうなってたかは分からない。
だけどおれたちが生きるから。
彼がそうやって生きてたように生るから。
写真に残せなくても、いっしょにいなくても。
彼を心の中にちゃんと置いて
おれたちのこれからの毎日につれていきたい。