駆け出しの無名記者である俺は、知り合いの女に呼び出され、ある喫茶店の奥隅にいた。
その女は高校時代の同級生というだけで特別交友が深いわけでもなく、むしろ会話したことが数えるほどもあるかどうかという関係でしかなかった。
先日同窓会で顔を合わせたとき、誰これ構わず「何かいいネタはないか」とぼやきまわっていた俺にひっそりと彼女が声をかけてきたのだ。
俺が彼女に抱いていたイメージは、大人しいというか暗い性格で、異性にも興味を示さず自分の道を生きる人間だろう、というものだった。だから、彼女が俺にネタがあると話しかけてきたことにまず驚いたのだが、大雑把なあらましを聞き、更に驚かされることとなった。彼女がそんなことをする人間とはとても信じられなかったからだ。
しかしその話に妙な説得力と強い興味を抱き、もっと詳しく聞きたいと告げたところ、「まとまった時間が取れた頃に連絡するね」と電話番号を問われた。
そして一週間後に曜日と場所を指定する電話が掛かり、今に至る。
女は約束の時間丁度にやってきた。コーヒーを注文し、深く息をついて俺を見た。
「待たせちゃってごめんなさい。早速話してもいいかな?」
高校時代と変わらない、どこかおどおどした小さな声で俺に問いかける。未だに疑問がぬぐえない。彼女が、記事になるようなネタを持っているなど。
俺はボイスレコーダーをセットし、彼女にうなずいて見せた。
「あぁ。どうぞ、話してくれ」
話が長くなるだろう、ということで録音の許可はすでに彼女からもらっている。
女は軽くうなずき、何度か戸惑いの表情を見せたが、やがて深く深呼吸をついて語り始めた。
「じゃあ、きっとくだらないけど、聞いてください。
***
家で初めてパソコンに触れたのは、小学校4年生の時くらいだったかなぁ。今より全然普及は進んでないけど、ちらちらと一般家庭にパソコンが普及し始めた時期。少なくとも今よりは、若年層…小中学生の使用者は多くなかったと思うんだ。私も実際、親のパソコンを勝手に使ってた感じだったから。まぁ、その後で親がもう一台パソコンを増やしてからは、その新しいパソコンをほとんど私が占領してたんだけどね。
その頃って、ネットサーフィンしてても同年代に会うことって結構少なかったんだよ。年上…それも中高年のおじ様やおば様ばっかりだったって断言してもいいくらい。まぁ私が利用していた場所が、その年齢層向きの場所だったのかもしれないんだけどね。
考えてみれば、その頃はまだ出会い系がまだそんなに問題になってない時期だったんだよ。今騒がれているほかのネット上のいろんな問題とかも。騒ぎ出したのは確か、もうちょっと後。だから、中学校とか高校とかで出会い系が云々って話を聞かされている時さ、「何を今更?」ってちょっと思ってたんだ。今でもちょっと思ってるよ。あの『騒ぎ出す前の時期』に色々あったからこそ、今が五月蝿いんだろうけどね。
まぁそんなこんなで、当時はまだ中高年層がユーザーの大半を占めていた時期だったからさ、特にそういう年上の人が多い場所では年齢偽装して付き合ってたの。まぁ所詮低能な小学生がやることだからきっとばれてたんだろうけどさ、懲りもせずに色々やらかしてたわけ。
うーん、大体中学生の冬に病気で入院するあたりまでじゃなかったかな?もうちょっと後かも。とにかく、ある一定の期間パソコン…ううん、インターネットから離れることになったって時までやっていたってことには変わりないな、きっと。
やらかしたことで特に酷かったのは男遊びかな。別に出会い系サイトは利用してないし実際に会ったわけではないんだけどね。とあるオンラインゲームで会った男の人と主にチャットで色々やっていたの。懲りずにちょっと期間あけて数人くらいとね。
色々って何かって?ネット上で恋人みたいに接することよ。勿論二人きりのチャットでね。今みたいにアバターが主流じゃない頃だから、性格判断とかは大体文面オンリー。年齢偽装するなら写真とかプロフィールに使えないし、そもそも当時って写真を使っている人自体そう多くなかったから。私が利用していたところは今ほど派手じゃあないけど一応アバターがあったからさ、それを見かけに似せているって言い張ってもちょっとはごまかせたかな。ま、無意味っちゃ無意味だったけどね。結局は文章判断。年齢偽装しても今よりばれる要素が少なかったかなぁ。相手が一見本気で信じきっていた面もあったから。
会話の内容は結構酷かったなぁ。年齢偽装しているのをいいことに下ネタとかエッチな話は普通にしてたかなぁ。まだ騒がれていない時期だったから“ソッチ系”のサイトとかに普通に行っちゃってさ、そういうので知識つけて、チャット上でその男の人とヤってたの。…何をかって?言っていいの?……性行為みたいな会話!勿論どっちも文字だけで擬音とか喘ぎ声とか表現するわけだから他は完全脳内補完。文章だけのチャット上であんなところ触ったりこんなところ舐めたり…すごく生々しい会話をしてたの。お互いの気分が乗って相手の時間があればより激しく、ね。こっちからそんな会話を誘ったことだってあったよ。向こうもきっと遊び半分で乗ってきてたし。
で、面倒くさくなったら馬鹿馬鹿しい言い訳して別れを告げてID消去してブッツン。それから一ヶ月か二ヶ月は流石に怖くて他のサイトを利用したりパソコンから離れたりしてたよ。他のユーザーとの関わりは極力持たないようにしてね。一番酷かった言い訳は『私は実はネット警察です』みたいな感じだったかな?今で言う『厨二病』。あの言い訳は本当酷かったわ。自分で年齢バラしてるようなもんだよね。そんな痛い発言する人間が二十歳超えてるワケがないだろう、って。
あと、今でもヤバイと思ってるのは顔の特徴と住んでる大雑把な地域まで教えちゃったことかなぁ。年齢偽装してるのに流石にやりすぎた。多分本気で「会いたい」って何度も言ってくるもんだから鬱陶しくなっちゃって。しかも相手が「今キミの住んでいる地域の付近にいるんだ」的なこと言ったから慌てたわけ。それからちょっと疎遠になった…のかなぁ?それで連絡絶ってそのうち確かIDも消した…のかなぁ。実を言うとその辺の記憶はちょっと曖昧。1年か2年くらいはずっと怖かったよ。顔の特長教えちゃってたからもしかしたらすれ違ったらばれるって可能性は十二分にあったから。うん、あれはやりすぎだった。
こっちが年齢偽装してやってるわけだからそんなこと誰に相談できるわけがなかったんだよね。悪いのは相手じゃなくて、相手を騙していた私なんだから。
それに、馬鹿みたいだって思うかもしれないけど、こっちが恋心みたいな感情を本気で抱いていた相手だっていたんだよ。会話してるだけで嬉しくて舞い上がって、それでいてちょっと切なくて。アレを恋心って呼んでいいのかはわからないけどね、人間としてまだまだ幼稚な時期だったから。
最近になってからも、近くの地域出身だっていう男の人に顔写真と通ってた高校うっかり教えちゃったけど、すぐ疎遠になってメアド変えても教えずに軽くブッツン。
こうやって見ると、私すごく最低なことしてるんだよね。何の犯罪に巻き込まれなかったことも、考えてみたら不思議なくらい。今だって暫く何もしてないとはいえ、その可能性は少なからず残ってるんだろうし。顔写真流出とかしてたって文句は言えないよ。全部幼稚な自分が生み出したことなんだから。責任は自分で持たないと…。
自分の中でも一、二を争うくらいの黒歴史だよ。
あと、それと全く関係ないけど、酷かったのは多人数チャットでの痛い言動とか荒らし行為かなぁ。わざと人が多いところでそういうことをしていたの。パソコンが複数台あるのをいいことに自演とかもね。そのチャットでは同年代も結構いたよ。変わったことしないで普通に話を楽しんでいるだけでも十分楽しかった。なのに、なんであの頃の私は道をそれちゃったんだろうなぁ。
その後から始めたブログで、ネットマナーとかを色々学んだ。遅かったくらいかもしれない。時にはそのマナーを押し付けて人を傷つけたことがあったから、どこまでも私は最低な人間なんだけどね。
それから今に至るまでで、ちょっとは私も成長したと思う。あの頃の自分を最低だとなじることが出来るくらいにはね。短所はそんなに変わってないだろうけど。
あの頃の自分に会えるなら何がしたいか?
「さっさとやめろ!」
そういって叱りつける以外ないでしょ。死ねとか言っちゃっていいかも。で、少なくとも一発殴りたい。
あの頃の自分は最低で幼稚で馬鹿な人間だったからね。
今では反省してるし、恐怖心も身についたよ。もう二度とあんなことをしようとは思わない。利用者年齢層が低下して、ネット上での付き合いに憧れる人達が、また今日も明日もネット上での恋人を探して、付き合ったりしている現在でも。過去に色々とやらかしたから、多少憧れの気持ちがあっても踏みとどまろうとするんだろうな。
そんなんだから、今ではネット上の関係は日常生活での関係と完全に別のものだって考えてる。同姓も異性も関係なく、ね。例えメアドを教えても、ボイスチャットで声を聞いても、写真を見せ合っても、いろんな相談しても、自分の過去の一面を暴露しても、手紙を送るような関係になっても。相手がどんなにいい人だって理解してても、どこかで警鐘が鳴って踏みとどまっちゃうんだ。相手にはものすごく申し訳ない話なんだけどね…。『ネットの関係は希薄で、簡単に騙し合うことが出来る』って結構強く認識しちゃってるから、完全には踏み込めないんだよ。自分の中では、多分「簡単に終わっても当たり前のもの」でしかないし。
こういう人間こそ、きっとすぐにネットから足を洗うべきなんだろうね。けど、中々抜けられないんだよ。期待しちゃうんだ、自分の居場所がどこかにあるんじゃないかって。だからネットは、怖い。
もしかしたら、私見たいなことしている人って今でもいるのかなぁ。いないと思いたいけど、ネットの使い方なんて千差万別だもんね。もしかしたら、いるのかもしれない。
もしいるとするなら、今すぐにでもやめて欲しいなぁ。過去に自分が散々やったことだから強くは言えないけど、過去にそんなことをやらかしたからこそ言える、っていうのも少しはあるんだと思いたい。若い頃はいろんなものに興味惹かれるけど、その興味で人生が壊れちゃったら大変だもんね。こんなこと言うとたくさんの興味の芽を摘んでしまうんだろうけど、せめてその行為が危険と隣り合わせだってことは心のどこかで認識して欲しいな。特に私みたいに「自分を偽ってやったこと」は、あとで取り返しが付かなくなったときに助けを求められなくなるから。
***
……こんなところです。聞いてくれてありがとうございました」
話の内容に驚き呆然としていた俺は、その声で我に返り、ボイスレコーダーを止めた。
「こちらこそありがとう」
深々と頭を下げる彼女に、話を聞かせてくれたことへの礼を告げ、俺も頭を下げる。
まだ、信じきることができなかった。
目の前の、昔と変わらない、大人しく、いかにも人見知りであるような性格の彼女が、ネットでそんなことをしていたなんて。『人は見かけによらない』とはこういうことなのか。俺の知っている高校時代の彼女とは、あまりにも違いすぎる。
また、そんな話を俺にしようと思った彼女の勇気にも驚きを隠せなかった。こういうことを、関わりの薄い俺に暴露することはさぞかし難しいだろうに。俺だったら、間違いなく一生誰にも言えないままだ。彼女の話には間違いなく誠意が感じられた。俺に全てを伝えようとする、その気持ちが伝わってきた。
そこまで考えて今更周囲を見渡す。忘れていた、ここは喫茶店だ。俺以外の人にも聞かれていた可能性は、高い。尚更、彼女の勇気に驚いた。
「こんなの、ネタにならないよね。ごめんなさい」
全てを言い切った彼女は、申し訳なさそうに、また不安そうに俺を見ている。俺は首を横に振り、しっかりと彼女を見た。
「いや、いいものが書けそうだよ。勇気を出して俺に全てを話してくれてありがとう」
笑いかけ、心からの感謝をもう一度告げる。
それが何か大きなものに繋がるという可能性は低いだろうが、話を聞けただけでも十分貴重な経験になった。そして、自分への警告と戒めを持つことも出来た。
席を立って会計を済ませて喫茶店を出て、彼女に一礼して帰路に付いた。
ボイスレコーダーに録音したものを、許可をもらって修正しながら書き起こすだけでもそれなりのものができそうだ。
自己満足小説を放置しているだけです。
文章の無断転載はしないでください。
文章の無断転載はしないでください。
