父ちゃん、さようなら 、、
 


5月はオレのハーレークラブのキャンプがあるので一家5人で毎年山梨のバンガロー付きのキャンプ場へ行く事が
我が家の恒例行事になっている。
 
山梨にうちの家族のお墓もあるのでお寺に寄って墓を
掃除してキャンプ場にいくコースがいつもの順序であったのだが今年はお墓の前まではチモを連れていけないので奴だけ車の中で待っててもらう事にした。
 

途中停まった高速のPAで水をやろうと思い後ろのハッチを開けた途端ズルズルとチモが地面に落ちてきたので焦って両手で支えて押さえた。
 
 
もう全身の力が抜けて体がいう事をきかないらしい。
 

体を元の位置に戻してやり水を飲ませると頭を少し上げ
ペロペロっと水を飲みまた眠ってしまった。
 
大丈夫か?チモ、もうすぐしたらキャンプ場につくぞ
二日前からメシは食ってもウンチが全然でないでいた事も
俺の不安を掻き立てる。
 
 
する時は必ず肛門を指で刺激してやるとウンチは出来たの
に今回はそれも効かない。
 

それにお腹も心なしか張っているように思える。
 
本当はキャンプを中止して家で大人しくしていた方がよかったのかなあなんて考えたが、
 

年末からこの約5ヶ月間チモはどこへも行かずじーっと家のサークルに入れられ治療の
毎日だったので気分転換に今年も変わらずキャンプに
連れ出してやろうとみんなで話して決めたのだ。
 
 
それにうちの仲間達もチモに暫くあっていないのでみんな会いたがっていた。
 

多分チモもみんなに最後の別れを言う為にくる事を
願っていたのではないか。
 

みんな今までありがとう!父ちゃんをよろしくね」と。
 

不安を抱えながらキャンプ場についてまずはキャンプの
食事の用意や酒の手配など結構やる事が多くて最初の二,三時間は奴を構ってあげられない。
 
キャンプ場に行った時のチモとニモの定位置は決まっていて外の厨房からオレをちゃんと見れる位置に待たせている。
 
でないと父ちゃんの姿を探して、

クウ~ンクウ~ン」と
まるで仔犬のように泣きオヤジの場所を探すからである。
 

そんな所だけは今も昔も変わらない。
 
ちょっと寒くなってきたな。チモに毛布毛布

毛布を持って来て奴に掛けてやりながら細く小さくなって
しまった体を擦ってやりながら、
 
また帰ったら治療がんばろうな。絶対良くなるからな、」

声を掛けてやるとチモはオレの手を力なくペチャッと舐めて
横になってしまった。
 
みんなで酒を飲みながら時々チモの傍へ行き体を触る、
ちょっと体が冷たくなってきたのでバンガローまで抱えて
オレの布団の中へ横たえてやる。
 

ちょっとさっきから変なイビキのようなため息のような
呼吸が気になっていたが多分久しぶりに出掛けてみんなに会えたので少し興奮していまったのだとその時は思っていた。
 

気になって早く切り上げチビ達と一緒にもう寝ようという事になり中に入るとチモはオレの布団の上でハアハアと息をして頭だけ上げて待っていたようだ。
 
チモ一緒に寝ような
オレが布団をかけてやると奴も安心したのかゴロンと横になる
でもあの変な呼吸はずーっと続いたままだった。

 
明日調子悪いようだったら俺達だけ早目に帰ろう
そうカミさんと話して寝ようをしたがオレのドキドキは一向に
収まらず眠る事を避けていた。
 
しかし不覚にもちょっと一、二時間ウトウトしてしまった。
 
突然目が覚め不安になりチモを見ると奴の様子が変なのに
直ぐ気が付きガバッと起き上がり奴に触れてみる。
 
なんか変だぞ
 
奴の腹が異様に張って膨れているのが目に見えて分かる。
 
「母さん起きてくれ!チモの様子がおかしいぞ!
 
カミさんも目を擦りながら目を覚ます。
 
舌を出しながら横になったままもはや顔を上げる事も
出来なくなっているみたいだ。
 
舌が紫色に変色してしまっているチアノーゼを起こしているらしかった。
 
抱えて外へ出してやると立たせてトイレをさせようとしても頭を下にダランと下げたままもはや力なくうな垂れるだけになってしまったチモを見てもう荷物を抱えて車の中
に積んでいる自分がいた。
 
カミさんもチビも帰るという事になり急いでみんなして帰路についたが山梨から自宅まで3時間位はかかってしまう。
 
なるべくチモに声を掛けてやりながら帰った時直ぐに獣医さん診てもらえるよう電話をする。
 
朝の5時位に電話をしたのだが着いたらすぐ診れるよう
用意しときますと言ってくれたので少し心強かった。
 
チモ!頑張れよ!父ちゃんがついてるからな!
 
オレは見ていなかったがカミさんの話ではその時チモは
オレが声を掛ける度に一生懸命顔を上げてオレを見つめていたようだ。
 
 
まだ早朝だというのに車が多くてなかなか家の方に着かす
イライラはピークに達していたがチモに声を掛ける事だけは忘れなかった。
 
やっとの事で病院に着き心配するカミさんとチビを家まで送って降ろし又大急ぎで病院へ行く。
 
病院についた途端信じられない光景がオレを待っていた、、、
 
チモは診察台の上に寝かされて心臓マッサージを施されていたのだ。
 
 
その瞬間オレの体から全身の力が抜けて床に跪いてしまったが獣医さんの声で何とか立ち上がった。
 
チモは今必死で生きようと頑張ってますよ!」

 
診察室まで駆けていきチモの体を触って次の瞬間、

チモ起きろ!父ちゃんがきたぞ。コラッ!起きろ!そんな所で寝てんじゃない!頑張れ!
 
声を掛けると信じられない事に奴の心電図の心拍が戻ってきた。
 
先生が、
急いで処置しましょう」と場所を移して処置にあたる、
 
 
オレも後について別室へ行きやつの首に手を廻して腕枕をしてやる。
 
原因は内臓に腹水が溜まって腹が張って心臓を圧迫している為の呼吸困難だという事だったのだが注射針を腹に突き刺すと

プシューッ!
という音と共に大量の空気が出てきた、
 
 
その間腕枕をしてやりながらチモに懸命に声を掛ける。
 
時々「クヲ~ン」という頼りない泣き声を出しながら腕枕をしているオレの手をペロッと舐めているが目はもう何処かわからぬ方向へ向いてしまっていた。
 
1時間以上奴は頑張った、、、
 
最後まで体を起こそうと。
 
懸命に動かないはずの手や足をバタバタさせながら見えないオヤジの姿を探そうと起き上がる仕草を繰り返す。
 
その内痙攣が始まって2回程足をピーンと伸ばしたかと思うとそれっきり動かなくなってしまった。
 
獣医さんも手をはなして注射器や入れ物いっぱいになった
血膿を片付けている。
 
オレは何があったかわからず獣医さんを見る。
 
チモ最後まで頑張りましたよ。もう逝かせてあげましょう
 
そう言われても暫く理解できなかった、、、
 
エッ?まだ処置できるんでしょう?
皆黙ってオレを見ている。
 
悔しいですね・・」と獣医さんが一言。
 
その時診察台には突然チモとオレの二人だけがボーッと
映っているだけのように感じた。
 
もう他には誰も目に入らなかった時がそこで全部止まってしまったような感覚だった。
 
 
みんな気を利かしてくれて別室は二人だけになっていた。
 
その時チモの愛らしいトボケタ姿に惚れて連れ帰ってきた
仔犬時代から二人で行った様々な所や思い出がオレの
頭の中をグルグル周ってきて苦しくても楽しかったあの頃がオレの心をグッと鷲づかみにした。
 
俺は別れの言葉を言うのが怖かった、、、

 
チモ今までありがとうな。お前のお陰でオレは今も生きてるよ。
ありがとなゆっくり休んでくれよ
 
チモの亡骸をいつまでも抱きしめて声が出なくなるまで
泣き明かしたのだった。
 
少し落ち着いて先生にお礼を言い家に帰ったらカミさんが中から飛び出してきて
 
チモはどうだったのと言った。
 
頑張ったけど駄目だったよ」とオレが言うと。
 
後ろのハッチを開けカミさんが
 
チモー!と一言だけ泣きながら後は何も言えず
立ち尽くすだけだった。
 
 
誰もがチモの死をこの時点では信じられなかったという
より受け入れたくなかったのだ。
 
さあ、中に入れてやろう」、
 
 
オレはチモの亡骸を優しく撫でながら抱きかかえ家の中
の奴の寝床に連れていく。
 

チモお家に着いたぞ、ゆっくり休め。
お前の食べたかった物いっぱい作るからなあ
 
 
もう気が抜けて全ての事に対して何も欲がなくなって
しまったようであったオレの横にニモが心配そうに寄ってくる。
 
優しくニモの頭を撫でながら、
ニモお兄ちゃん死んじゃったんだ、動かないだろアイツ
 
いつもだったらチモと帰ってくるとフガフガ言いながら奴の足と言わず手と言わずやたらガブガブ噛みまくっていたニモはチモの亡骸をちょっとだけ嗅いでオレの元から
離れようとしなかった。
 
二日後近くのお寺でチモの葬式を家族だけで行った、
沢山の友達がみんな来たいと言っていたのだがオレは
正直言って皆と話を出来るほど元気と気力がなかったので
家族だけで奴を送ってやりたいとみんなに伝えた。
 
 
ボソボソと細かい雨が降っていた日だった。
 
色んな人達がチモが天国に行って遊びに困らぬよう
にとおもちゃやお菓子、花束などを贈ってくれた。
 
横たわっているチモに花束を上から敷いてやり食いしん坊の奴が腹を空かせないよう沢山の食べ物やおもちゃで
一杯にしてやった。
 
そろそろ出棺です。とお寺の人が言う。
 
後ちょっと2分だけ待って下さい」とみんなに出てってもらう。

二人だけになり奴の体を力一杯抱きしめてチモの匂いを
忘れないように嗅ぐ。
 
奴の耳の臭さは嗅いだ人がクラクラするほどの臭気
だったがオレはその匂いが好きだった😊
 
正しくチモの匂いだった。

奴の体の匂いも年々年を取るごとに臭くなっていったが、
それはオレだけがわかる唯一のチモの匂いだったからだ。