大河でなぜ幕末物はヒットしないのか | きつねの部屋ブログ版

大河でなぜ幕末物はヒットしないのか

こ 少しまえ、ここで『青天を衝け』の明治編が面白くなってきたと書いた。いままでの大河ドラマでは戦国物はヒット率は高いが幕末物はそれほどでもなく、ましてや近現代物はもっと視聴率は低い傾向にあった。こ

 

 戦国にはロマンがあって、話しも盛れる。しかし幕末は史料も多く、事実が邪魔をしてそう話を盛ることはできない。それでも面白くしようと無理をすると視聴者にそれはないだろうと"嘘"だと見透かされてしまう。

 

 で、チャンバラ劇となってしまったのが60年代の劇場映画。まだこの頃は今ほど歴史小説にそれほど事実を反映したものが少なかったこともあり、メンドクサイ政治的な話しよりは娯楽中心となっていった。

 

 そんな中始まったのが*歴史小説(時代小説ではない)を原作にしたNHKの大型時代劇シリーズで現在「大河ドラマ」といわれるドラマ枠。

 

 一作目は井伊直弼を主人公にして描いた『花の生涯』、次いで江戸時代から庶民に親しまれてきた忠臣蔵である『赤穂浪士』、そして初めての戦国物『太閤記』、いずれも大ヒットし、特に『太閤記』は、当時新人だった緒形拳の「秀吉」が好評、また織田信長役の高橋幸治の凛とした演技は本能寺で死ぬのを阻止してくれと女性視聴者から嘆願がでるほどの人気を博した。

 

 が『源義経』と続いて、翌年の幕末物『三姉妹』と『竜馬がゆく』では以前の作品ほどの視聴率は取れず、特に『三姉妹』は旗本家の三人娘の内輪の話しで終始。チャンバラもなくまた、先行して書かれていた原作も途切れ、脚本家のオリジナルとなったこともあって、ワクワクが期待できないとここで戦国物に水をあけられた。

 

 基本的に幕末ものは1853年からの15年間の出来事を背景に制作される。この間の政治情勢がわからないと見続けていられない。

 

 登場人物も多く、チャンバラ映画のように勧善懲悪とすっきりしているわけではない。「尊王攘夷」から「尊王討幕」に至る思想変遷の複雑さもあって、なかなか理解するのが難しい。

 

 その点戦国物は大規模な戦場シーンがでてくると興奮するし、政治的な駆け引きは大名同士に限られ幕末物に比べれば分かりやすい。これが近代となると益々人の動きが難解だ。

 

 が、大河ではないが『坂の上の雲』がヒットしたのは司馬遼太郎の原作ゆえにだろう。その司馬作品も『竜馬はゆく』では書いたようにそれほどのヒットはしなかった。最近の幕末物である『花燃ゆ』、『西郷どん』もヒットしたとはいえない。

 

 綾瀬はるか主演した『八重の桜』も後半の明治編は低調であった。ただ例外でヒットしたのは福山雅治と香川照之が共演した『龍馬伝』がある。

 

 現在はテレビ離れが進み、ネットで映像、画像を観ることが主流となりつつある。テレビの時代劇で視聴率を多くとることは難しい。大河の原作となりうる小説も底をつきオリジナルばかりになった。そんな中大河はそれなりに奮闘している。

 

 『青天を衝け』は渋沢栄一が残した彼の言葉をまとめた本と、彼の実績を基にしたオリジナル作品。吉沢亮の勢いのある演技がいい。幕末編での登場人物たちが整理され、幕末のキーワードである「尊王攘夷」は、単純化されたきらいもあるが分かりやすかったのもよかった。

 

 ということは、やはり幕末ものの政治的な動きが視聴率の低下を招いている、ということになるのか。

 

 *歴史小説はその時代の推移の中で起こる歴史的事実に準拠し、主に実在した人物たちを主人公にしたもので時間軸は大きく動く。主に中世と幕末が舞台になることが多い。

 

 例 海音寺潮五郎 『天と地と』

 

 対して時代小説はその時代の風俗、事件などを絡め、多くの架空登場人物を動かし、エピソードのみが変わっていき時間軸はほぼ動かない。江戸中期から後期の話しが一般的だ。

 

 例 池波正太郎・『剣客商売』 藤沢修平・『蝉しぐれ』など