先日亡くなったおばさんの葬儀

 

お経をあげに来たお坊さん。

 

このお坊さんはぼくが小さいときからずっと同じ人で昔から知っている。

 

このお坊さんがお葬式の時に一言いってくれた。

 

以下にその言葉を記載する。

 

 

仏教の教えだと、人は修行をするために生まれてきます。

修行をして魂を磨くために人は生まれます。

魂を磨き、極めたら仏となります。

それが足りない人はもう一度、この世界に生まれまた、修行が始まります。

 

人という生き物は頭がいいゆえに

本来生まれてきた意味を忘れてしまいます。

魂を磨くために一番邪魔なものは欲です。

それを生まれたときの子供のころはもともとなかった欲が、

大人になるにつれて増大していきます。

時に欲のせいで人を傷つけたり、裏切ったり、、、、、、

 

今一度考えてもらいたいのは、

今日○○さん(叔母さん)はなくなりましたが、これで終わりではありません。

次の修行に行かれたのです。

○○さんは真面目で贅沢をせずに自分のことはさておき、いつも他人のことを考えていました。

とても素晴らしいことです。

私たちは〇〇さんを尊敬し、忘れてはいけません。

忘れないことが修行でもあり、供養にもなります。

 

 

 

 

考えさせられた。

確かに仏教の教えって修行だった。

大人になるにつれて、欲にまみれたへんな大人ばかりみる。

自分のことばかり言うやつ、

わがままな奴、

お金のことばかりいうやつ、

嘘をつくやつ、、、、、

 

正直幼稚園でもまともな教育を受けますよ。

人のものを取ってはいけません。

みんなのことを考えましょう。

自分勝手はやめましょう。

うそつきは泥棒のはじまりです。

 

 

知恵ってなんだろうと思います。

子供と大人の違いは知恵の量だと思います。

でも大人(自分も含めて)知恵の使い方が下手くそだと思う。

悪い使い方は得意だけど、賢い使い方をできる人が少なすぎる。

ぼくも賢い使い方はできないけど、

すくなくとも悪い使い方にならない人間になりたい。

 

いや、そうならないと、いけない。

ぼくは多少損をしてでも真面目に生きたい。

きれいごとかもしれないけど、

死ぬ間際に後悔はしたくない。