まずごめんなさい。前回の記事で次回に期待させるような事を書きましたが、それはさらに次回になりました。今日は月1の鉄文連載になります。


鉄文連載は、筆者が鉄道について好き放題書くコーナーです。情報源は色々で信憑性も怪しいところですが、お暇つぶしにでもなれば幸いです。

今回は先日引退した、新幹線の300系に関するお話だ。


対空砲というタイトルはもちろん比喩であり、300系という名の列車砲が出てくるという事はない。詳しくは以下をご覧いただきたい。



・「スーパーひかり」計画

300系の開発は、新幹線のさらなる高速化を目的とした、「スーパーひかり」計画によるものだ。


東海道新幹線の開業後、各地で新幹線整備の計画が進行していった。東海道新幹線を延長する形で山陽新幹線が開業すると、新幹線の走る距離も長くなっていった。輸送需要も伸びる傾向が続き、1日に多くの新幹線を走らせる必要性が出てきていた。


一方で航空業界では新型の高速機が投入されるようになった。ここに航空自由化が加わり、東京~大阪間などでシェアの争奪戦が激化した。1980年代に入り、自由を得た航空業界と民営企業となったJRの新幹線は、いよいよ激しくぶつかり合うようになる。


以上の経緯から、


・航空機に負けない所要時間で

・1日に多くの往復数をこなせる


ひかり号を超える高速車両、「スーパーひかり」の開発計画が持ち上がった。


北海炭田の採掘物
国鉄時代からの車両では限界があった



・航空業界の泣き所

ジェット機が当たり前となり、スピードでは圧倒的優位の航空業界。しかし、搭乗手続きの時間や空港から市街地までの移動だけはどうする事もできない。この点を加味すると、新幹線で4時間以上の長距離区間で無い限り、航空機は大きなアドバンテージを持つ事ができないのだ。



北海炭田の採掘物
アクセス時間が問題になった関西国際空港


・対空砲、300系「のぞみ」誕生

1992年3月14日、「スーパーひかり」計画で造られた、300系車両による「のぞみ」がデビューする。最高速度は時速270km。名古屋と京都を通過し、2時間30分で東京~新大阪間を結んだ。対空砲がうなりをあげた瞬間である。


東海道新幹線は元々時速200km程度を想定して造られていたが、車両の軽量化などにより大幅な高速化が実現された。料金面で大差が無く、実質的な所要時間で優位を得た新幹線は、東京~京阪神間のにおいて9割ものシェアを獲得する。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いであり、文字通り航空業界をめった打ちにしてしまった。


北海炭田の採掘物
ビジネス利用者を中心に好評を得た300系


・バトンは次の走者へ

こうして華々しくデビューした300系であったが、時代の流れの中で徐々に栄光は色あせて行った。2007年にはN700系が登場。最高速度は時速300km。カーブ通過時の減速もなく、加速も非常に良い。気づけば東海道新幹線で最古参の車両となっていた300系。その行く末は必然であった。


北海炭田の採掘物
東海道・山陽・九州と広く活躍するN700系


そして2012年3月16日、300系は20年間の現役に幕を閉じた。新幹線は今後、ローコストキャリアと呼ばれる低価格の航空便と激しく戦う事になるだろう。


北海炭田の採掘物
最後は特別装飾で走った


余談だが、東海道新幹線は戦時中の「弾丸列車」計画が元になっている。300系は東海道新幹線の主役にふさわしい、圧倒的な対空砲火を見せてくれた。その活躍に改めて敬意を表し、本記事を〆たい。


では、また機会があれば。