企業が障害者を雇用する際には、障害者雇用促進法などの関連法規を遵守し、差別の禁止や合理的配慮の提供に配慮する必要があります。本稿では、企業が障害者雇用を進める上で留意すべき点と、具体的な対応策をまとめました。
はじめに
2024年4月には民間企業の法定雇用率が2.5%に、2026年7月には2.7%に引き上げられる予定であり、障害者雇用は企業にとってますます重要な課題となっています。企業は、法定雇用率を達成するだけでなく、障害者がその能力を十分に発揮できるような職場環境を整備することが求められます。
採用における留意点
- 採用枠の設定: 障害者雇用枠と一般採用枠を設けて採用活動を行うことは問題ありません。
- 採用基準: 一般採用枠における障害者の雇用判断においては、「合理的配慮の軽重」に着目するのではなく、「合理的配慮を提供した結果の労働能力」に着目して採否を決定することで、疑義が生じにくくなります。募集に際して、業務遂行上特に必要な能力を条件とすることは、障害者であることを理由とする差別には該当しません。
- 障害者手帳の確認: 障害者雇用専用求人枠に応募している時点で、本人が自ら障害者であることを明らかにしているため、採用面接で障害者手帳の有無を確認することは特段問題ありません。ただし、利用目的(障害者雇用状況の報告、納付金の申告など)を明示した上で、本人の同意を得る必要があります。障害者手帳を取得している者を優先的に採用することは、障害者雇用枠に応募してきた者の中から行う限り問題ありません。
- 差別禁止: 労働者の募集・採用において、障害者であることを理由として排除したり、不利な条件を付したり、採用基準を満たす者の中から障害者でない者を優先して採用することは、障害者差別禁止指針において差別として示されています。ただし、合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取扱いをすることや、合理的配慮に係る措置を講ずることは差別には該当しません。
雇用後の留意点
- 差別禁止・合理的配慮の義務: 事業主は、労働者の募集・採用、賃金、配置、昇進、降格などの待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはなりません。また、障害者である労働者の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置(合理的配慮)を講じなければなりません。ただし、事業主に過重な負担を及ぼす場合はこの限りではありません。
- 合理的配慮における本人の意向尊重: 事業主が合理的配慮を講ずるにあたっては、障害者の意向を十分に尊重する必要があります。
テーマ別の留意点と対応策
障害者雇用代行サービスの利用
- メリット: 法定雇用率達成の有効な手段となり、障害者雇用のノウハウがない企業でも障害者雇用義務を果たしやすくなります。
- 課題・懸念: 障害者雇用促進法の理念から外れた、雇用率達成のためだけの雇用ではないかという指摘があります。
- 利用時の留意点:
- 単に雇用率の達成のみを目的とするのではなく、障害者が働きがいや成長の機会を得られる環境を提供することが重要です。
- 代行サービス業者任せにするのではなく、業者との連携を密にし、定期的な進捗状況や問題点を共有し、個々の障害者の特性に応じた目標設定による自立をサポートするような関わり方が求められます。
- 利用企業には、障害者に対する**合理的配慮(業務内容の調整、作業環境の改善など)**を行うことが求められます。
- 障害者はあくまで利用企業の直接雇用である必要があり、指示命令系統や労働条件が代行サービス業者に依存している場合は偽装請負の問題が生じる可能性があります。
試用期間の取扱い
- 原則: 試用期間は、本採用前の適格性判定のための期間であり、通常の社員と異なる特別扱い(例:長期の試用期間)は、障害者に対する差別的取扱いと判断される可能性があります。
- 例外: 合理的配慮を提供した結果、通常の試用期間では適性を見極めることが困難と言える具体的な事情がある場合は、通常の社員より長い試用期間を設定することも許容され得ます。単に能力やスキルの把握が困難という抽象的な理由のみでは認められません。
- 試用期間中の発達障害の告知: 試用期間中に発達障害の診断を受けたことを申告した社員に対し、それを理由に本採用を拒否することは、客観的に合理的な理由や社会通念上の相当性を欠くと判断される可能性が高く、避けるべきです。業務に具体的な支障が生じていない現段階においては、雇用契約終了に向けた動きを取ることは時期尚早であり、今後の業務において必要に応じて合理的配慮を行うべきです。
能力開発
- 使用者の義務: 使用者には、障害者である労働者の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な措置を講じる義務がありますが、労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴う配慮の提供義務までが課せられているわけではありません。
- 具体的な配慮: 発達障害のある社員に対しては、特性に合わせた配慮(教育的配慮を含む)を行うことが求められますが、特別な研修(外部研修を含む)を受講させる義務や研修開催の義務を使用者が負うものではありません。
- コミュニケーション: 指示や指導が全く不可能というわけではなく、的確な指摘を行うことが教育的配慮となる場合があります。
- 主治医との連携: 労働者の発達障害の特性や配慮の方法の検討に限界がある場合には、本人の同意を得て主治医面談を行い、医師の意見を踏まえた上で対応可能な教育的措置を検討することも考えられます。
配転前の配慮
- 原則: 障害者の配置転換は、合理的配慮によるものであれば障害を理由とする不利益取扱いとはなりません。
- 本人の意向尊重: 配置転換を検討する際は、事前に障害者の意向を十分に尊重しながら検討する必要があります。障害者が現在の部署における合理的配慮を希望しており、その措置の内容が合理的なものであれば、事業主はその措置の実施を検討すべきです。
- 専門医の意見: 配置転換を命じるにあたっては、専門医などの意見も踏まえた上で、配置転換の有効性を慎重に判断する必要があります。
障害を原因とする言動への懲戒処分
- 原則: 障害をもつ従業員による職場秩序を乱す行為についても、懲戒処分の対象となり得ます。
- 合理的配慮との関係: 合理的配慮の提供義務は、労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴うものではなく、使用者は障害のある労働者のあるがままの状態を常に受け入れることまで要求されるものではありません。
- 実務対応:
- その言動が精神障害から生じている可能性がある場合、まずは産業医面談や主治医面談(本人同席)によって本人の健康状態を確認することが求められます。
- 本人の自覚や反省などを踏まえて、懲戒処分を猶予するなどの柔軟な対応も必要となる場合があります。
- 本人の健康状態によっては、休職制度を適用する必要があります。
- 懲戒処分を行う場合でも、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが必要です。
合理的配慮ができない場合の退職勧奨・解雇
- 原則: 合理的配慮が求められるとしても、その形態・水準が労働契約の内容からして許容可能なものであるかを検証する必要があります。
- 対応:
- 本人の要請について、業務量や内容、正確性を具体的に検証する必要があります。
- 職場が負担に耐えられないのであれば、本人の他の業務や職群への変更を検討・提案します。パートや期間雇用で求められる業務内容の水準を下げて仕事をしてもらうことも考えられます。
- 本人から合理的な理由なくすべて拒否されたのであれば、退職勧奨を行うことは致し方ないですが、解雇についてはより慎重な検討が必要です。
- 解雇する場合は、障害者であることを理由とする解雇は原則として許されません。
中途障害で定年を迎えた社員の再雇用
- 合理的配慮の範囲: 定年後再雇用であっても、障害者雇用促進法における合理的配慮の内容に変化はありません。中途障害であることも、合理的配慮の範囲に影響を与えるものではありません。
- 実務的対応:
- 定年後再雇用時においては、所定労働時間や所定労働日数を削減することで、本人の健康状態に沿った雇用契約の内容に変更することも考えられます。
- 定年前の就労状況について会社が管理し、その記録が残っていることが、このような変更を提案する上で重要となります。
- 再雇用契約の締結時に、定年前と異なる内容の労働条件を提示し合意することは、合理的な裁量の範囲内であれば違法とはなりません。ただし、無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準や、社会通念に照らし到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど、実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合は違法となる可能性があります。
おわりに
障害者雇用を成功させるためには、単に法令を遵守するだけでなく、障害者の個性と能力を理解し、それぞれの状況に応じた合理的配慮を提供することが不可欠です。企業と障害者双方にとって、より良い職場環境を築くことが、持続可能な社会の実現に繋がるでしょう。