今日は、母の手術の日でした。

母は、気が強く、我慢強い人で弱音を吐くことはありません。むしろ、逆に弱みを見せないところは良いところでもあり、弱いところでもあると思っています。でも、不甲斐ない長女の私を育て、宇宙生物との日々に私を支えてくれ、今日まで沢山寄り添い一緒に戦ってくれた強い母です。

かなり前から調子が悪かったはずです。

いくつかの病院を訪れ精密検査をして、今の病院に辿りついたようです。

心臓バイパスの手術でした。

私達子供達に心配かけたくないのか、自分が気を使うのが嫌だからと詳しいことを知らせませんでした。私の娘がようやく聞き出し、スケジュールを確認できました。

どうしても外せないアポがあったので午後から休みを取り、病院に行きました。本人からも父親からも聞かなかった私は、病院に着いて、この病院じゃなかったら、どうしようかと不安になりました。

父親に聞かなかったのは、後々、母が父に私に教えた事で揉めるのが嫌だったからです。

不安気に受付に行った私に、忙しそうな事務員さんが、声をかけてくださいました。ひっきりなしに患者や見舞いの家族が受付に来る中、思ったより優しく方々に連絡を取り、行き先を確認して教えてくれました。

言われたフロアに行きキョロキョロした私。なんとなく見たことのある後ろ姿。父親がイスに座っていました。

まだ手術中。朝から始まり三時間半は経過したとの事。しばらく私の仕事や娘とももちゃんの近況を話していましたが、そのうち話もつき、私も父も無言になり、手術から5時間過ぎて、ICUに呼ばれました。

手術事態は、成功だと思います(まだ、これからの容体次第なので)。ただ、ちょっと事故がありました。

母の担当医師の部長先生は、おそらく私より一つか二つ上の超美人で背が高くスレンダーな方でした。手術前に母から聞いていた綺麗な素敵な先生というのは、間違いではありませんでした。

私の嫉妬だと思います。

その事故について、その美人部長先生は説明が自主的にありませんでした。看護士さんから説明聞きました?と聞かれて初めて知りました。

さらりと美人部長先生から謝罪があったように思いますが、私は印象に残っていません。麻酔科の若い担当医師から説明謝罪があったのは覚えています。


父は、あまり責めなかったので、私は黙っていました。

そして、私は母の手を握りました。口や首顔に血が着いている母。

(あぁ、母の手を握ったのは何十年ぶりなんだろう)

と思いました。妹弟が産まれまでは、いつも手を繋いでもらったでしょう。だけど、私には記憶をありません。そして妹弟は年子。きっと母は大変な思いをしたはず。

何十年ぶりかの母の手は、とっても冷たくて、一瞬泣きそうになりました。

早く元気になりますように…。