“受け入れる”ということ
祐太を呼んで別れ話をしたすずの心境。すごく私の中に入ってきました。
今回のすずのコトバには、今まで以上に説得力があるように思いました。

「私には重荷なの。祐太さんが私の病気しか見ていないことが」
「私はあなたの患者になりたかったんじゃない」
「私は今の私のままでいい」
「でも祐太さんといるとこれから先もずっと治りたいって思わなきゃいけないから」

すずが“彼は自分のために医者になった”と以前から語っていたことの意味が深まるような気がしました。

ミムラさんの手話を交えた演技から感情が伝わってきて見事でした。
さすがだなと思いました。

私も以前、1年半程、ネイティブの方(ろうあ者の方)に手話を習ったんですが、感情を入れながら表現するってなかなか難しいもんです。
だいぶ忘れてしまっていて…
でも、単語を1つずつ知らなくてもある程度伝わりますよね。

すずの使っている手話は日本語の文法に沿った“日本語対応手話”なので、自分が学んだ日本手話とは少し違うのですが、単語のつなげ方やオプション的に入れているのかなと思われる動きなどミムラさん巧いなと思いました。

すずは、祐太や自分の家族から“頑張って病気と闘って病気を治そう”と支えられる環境にいたから、移植が難しくなった今、病気を受け入れる気持ちになったのかもしれませんね。家族もその方向のようです。

反対に“受け入れなさい”という方向に仕向けられていたら、なかなか上手く受け入れにくかったかもしれません。

病気を受け入れることができたら、気持ちはある程度楽になると思います。
しかし、それには多くの場合、時間がかかりますし、“受け入れている人”と“受け入れていない人”のラインというのはないと思うんです。

自分の疾患を1%も受け入れていない人はほぼいないと思いますし、100%受け入れている人というのはまれでしょう。

私は、小さい頃から受け入れなくては…という思いを持っていました。
重い障がいをもちつつ、乗り越えている方々の話を見聞きする度に、“自分の障がいはずっと軽いのだから、受け入れられなくてどうするんだ”と自分でも思い、周りからも言われていましたし。

つづく