人によって治療効果も症状の推移も様々ですが、てんかん発作の症状が理由で現在運転が認められない人も将来、症状の経過次第では運転ができる場合もある。

“てんかんの者は~”とすれば差別につながる可能性があるので、“○○な状態にある者は~”と表現するのが適切かと
…日本てんかん協会の真意は、おおよそそこにあるのではないかと私は考えています。

今回ばかりではありませんが、報道の在り方に違和感を持ったのと同時に感じたのは、世間からの冷たい風でした。

ネット社会の今日では、わざわざ特別に探さなくとも、様々な情報が流れてきます。明らかな悪意によるコメントや心ない中傷のいかに多いことか…。

見なければよい話ですけど、事故のことが気になり検索すれば、自動的に引っかかってくるのです。

どうか考えてみて頂きたい。
もし、自動車の免許申請を拒否されたら…などということを想像することは普段ほとんどないかもしれません。

しかしながら、皆さんが日々運転しておられることは、当たり前のことではないと思います。
この点に関して、たまたまラッキーだっただけだと。

実際、今回の事故の加害者もそうですが、大人になってからてんかんを発症する方も少なからずいるのです。

仮に、運命の糸の絡みが少しかわっていたら私達(てんかんを持っている人・持っていない人)の立場は入れ替わっていたかもしれないのだから。

しかし、だからと言って、医師から止められているのにハンドルを握ってしまった加害者(この事故の原因が発作でなかったとしてもそれはたまたまであり、発作が起こっていた可能性は充分にあったという解釈で)の行いの罪が軽くなると言うつもりはありません。

医師の忠告を無視して運転することは、是が非でもやめるべきでした。

しかし、加害者を責めるだけでは、法を整備して厳罰化を遂行するだけでは…教訓は生かされにくいということも事実だと思います。

運転免許がなくとも我々が生活でき、働ける環境、補助制度の充実、公共交通機関の整備はもとより、その前提として病気に関する正しい知識の啓蒙、偏見の目を無くしていくことが、引いては交通事故を無くしていく一歩となると考えます。

つづく