それに、この問題は社会の中で応援の輪が広がりやすいタイプのものではないというのが実情です。
だからこそ、患者側の人間が手を携えて自らの問題の解決に立ち向かわなければ先に進まないとも思いますが、前述した通り、自分の抱える疾患を周囲に打ち明けられない方が多い状態(=彼らが医師の許可なく車の運転をしているという意味ではありません)なので、活動の広がりという点においても難しさを抱えていると思います。
先程、応援の輪が広がりにくいと書きましたが、数の問題はともかく、支援してくれる方々はおられます。
運転免許の欠格事項 の一つとしててんかんが挙げられ、てんかんを持っていれば症状に関わらず一律運転免許は認められなかった時代が長く続きました。
2002年に改正された道路交通法では、いくつかの基準が設けられ、症状によって運転に危険性はないと医師が判断した場合に限り、免許をとって運転することが可能になりました。
非常に大きな一歩だったと思います。
多くの方々の尽力あってのことと感謝の思いです。
さて、“日本てんかん協会”が先日出した声明に関して、その真意が社会に適切に受け止められていないのではないかという印象を私は受けました。
同協会の言う「運転免許取得を巡って、『病名による差別』が行われることのないように求める」とは、“自動車の運転に支障を来すてんかん発作の症状を持っている状態の人にも他の人達と同等に免許を認可して下さい”という意味ではありません。
意識を失うような症状は、他の疾患にもあります。
どの疾患にせよ問題となる症状を有する状態である場合は運転できない…ということで、“てんかん”という病名を振りかざす必要はないわけです。
“てんかんの者は…”という文言で公的に語られると一昔前の状態に逆戻りしてしまいますから。
もっと身近なことで考えてみましょう。
特に疾患を持たない人でも、過労や寝不足、熱発の状態にある時は運転を自粛すべきと言えますね。また、広く用いられている多くの風邪薬の説明書には、服用中に運転を控えるように記載してあります。
これらの状態にある間は運転できない、しかし、その状態がなくなれば運転できるということ…てんかんの場合も同じです。
つづく
だからこそ、患者側の人間が手を携えて自らの問題の解決に立ち向かわなければ先に進まないとも思いますが、前述した通り、自分の抱える疾患を周囲に打ち明けられない方が多い状態(=彼らが医師の許可なく車の運転をしているという意味ではありません)なので、活動の広がりという点においても難しさを抱えていると思います。
先程、応援の輪が広がりにくいと書きましたが、数の問題はともかく、支援してくれる方々はおられます。
運転免許の欠格事項 の一つとしててんかんが挙げられ、てんかんを持っていれば症状に関わらず一律運転免許は認められなかった時代が長く続きました。
2002年に改正された道路交通法では、いくつかの基準が設けられ、症状によって運転に危険性はないと医師が判断した場合に限り、免許をとって運転することが可能になりました。
非常に大きな一歩だったと思います。
多くの方々の尽力あってのことと感謝の思いです。
さて、“日本てんかん協会”が先日出した声明に関して、その真意が社会に適切に受け止められていないのではないかという印象を私は受けました。
同協会の言う「運転免許取得を巡って、『病名による差別』が行われることのないように求める」とは、“自動車の運転に支障を来すてんかん発作の症状を持っている状態の人にも他の人達と同等に免許を認可して下さい”という意味ではありません。
意識を失うような症状は、他の疾患にもあります。
どの疾患にせよ問題となる症状を有する状態である場合は運転できない…ということで、“てんかん”という病名を振りかざす必要はないわけです。
“てんかんの者は…”という文言で公的に語られると一昔前の状態に逆戻りしてしまいますから。
もっと身近なことで考えてみましょう。
特に疾患を持たない人でも、過労や寝不足、熱発の状態にある時は運転を自粛すべきと言えますね。また、広く用いられている多くの風邪薬の説明書には、服用中に運転を控えるように記載してあります。
これらの状態にある間は運転できない、しかし、その状態がなくなれば運転できるということ…てんかんの場合も同じです。
つづく